ネッスル事件


ネッスル事件

静岡地裁判決 1990年3月23日

労働民例集41巻2号347頁/時報1350号147頁/タイムズ731号150頁/労働判例567号47頁

〔労働契約-労働契約上の権利義務-自宅待機命令・出勤停止命令〕
 二 本件自宅待機命令について
 1(一) 昭和五八年六月一七日、A所長から原告に対し、本件自宅待機命令が通告されたこと、その際、A所長が、原告に、本件自宅待機命令が業務命令である旨伝えたことは、当事者間に争いがなく、
 〔中略〕
 本件自宅待機命令の発令期間中も、原告に対して給料及びボーナス等を支払っていたので、
 〔中略〕
 被告が、原告に対し、業務上の必要から、自宅待機を命ずることも、雇用契約上の労務指揮権に基づく業務命令として許されるというべきである。
 2 しかしながら、被告が、業務命令として自宅待機を命ずることができるとしても、労働関係上要請される信義則に照らし、合理的な制約に服すると解され、業務上の必要性が希薄であるにもかかわらず、自宅待機を命じあるいはその期間が不当に長期にわたる等の場合には、自宅待機命令は、違法性を有するものというべきであるから、この点につき、更に検討する。
 〔中略〕
 原告は、取引先と直接接触するセールスマンであるから、被告の信用を最も大切にしなければならない立場にあったところ、仕事の上で密接なかかわりあいがあったデモンストレーターの女性と、仕事上の立場を利用して不倫な関係を取り結ぶに至り、そのことが原因で、取引先に葉書が多数配布され被告に厳しい叱責が寄せられるなど、被告の対外的信用が大きく損なわれ、このためA所長は、取引先等への事情説明や謝罪などに奔走しなければならず、被告としては、業務上も多大な迷惑ないし損害を被ったものというべきであるから、原告にそのままセールス活動を続けさせることは業務上適当ではなく、被告が原告に自宅待機を命じたことには、相当の理由があるというべきである。
〔配転・出向・転籍・派遣-配転命令の根拠〕
 2 労働契約違反の主張について
  (一) 原告は、原告と被告との間には、原告の就労場所について、大枠としては、東京販売事務所管内(静岡県も含む)との黙示の合意が存在し、その枠内で、具体的にどこに勤務するかは、その都度被告との合意によって決められていた旨主張するが、
 〔中略〕
 被告における転勤が、各販売事務所の管内に限られる状態が続いていたことを認めるに足る証拠はない。
  (三)
 〔中略〕
 B労働組合が、第一組合と第二組合に事実上分裂する状態になる以前である昭和五七年三月一八日に、B労働組合と被告との間で締結された労働協約の第二二条には、「会社は、業務の必要に応じ、組合員を他の事業所、工場、販売事務所又は各地の販売部署(営業所・出張所・エリア)に転勤させることがある。」との規定があり、それ以前にB労働組合と被告との間で締結されていた労働協約にも、同様の規定があったことが認められるので、当時のB労働組合の組合員は、業務上の必要に応じて転勤がありうることについては、当然了解していたというべきである。
 〔中略〕
〔配転・出向・転籍・派遣-配転命令権の濫用〕
 4 権利の濫用の主張について  (一) 前記2(二)のとおり、原告と被告との間には、遅くとも、原告が昭和四九年にスリーエスセールスマンとなった時点において、業務の必要に応じて住居の変更を伴う転勤があり得るし、その範囲は、東京販売事務所の管内には限らないとの包括的な合意がなされたものと解されるので、被告は、この包括的合意に基づき、業務上の必要から、原告に転勤を命ずることは許されるというべきである。
 しかしながら、被告が、業務上の必要から、原告に対し転勤を命ずることができるとしても、労働関係上要請される信義則に照らし、合理的な制約に服することは、自宅待機命令の場合と同様である。
  (二) そこで、原告に対し、転勤を命ずる業務上の必要性があったか否かについて検討する。
(1)
 〔中略〕
 昭和五九年度に原告に支給された給与、賞与の総額は金六四五万二七三八円で、昭和六〇年度のそれは金七二五万〇〇四一円であったこと、本件自宅待機命令を継続させ、会社業務に従事しない者に右給与等を支払い続けることは、被告にとっても損失であったことが認められるところ、前記二2(三)のとおり、原告に対する本件自宅待機命令の解除と本件転勤命令の決定がなされた昭和六〇年四月の時点でも、原告は、自己のした不倫行為について何ら反省の気持ちを持ち合わせておらず、原告を、葉書事件のことを知っている静岡営業所管内の取引先へ訪問させ、あるいは静岡営業所の事務所において顧客と応対させることが相当ではない状態が続いていたのであるから、原告を静岡営業所から他の営業所へ転勤させる業務上の必要性があったというべきである。
 〔中略〕
 【3】 したがって、本件転勤命令が決定された昭和六〇年四月の時点では、それまで原告が所属していた静岡営業所は、第三地域営業部に属していたところ、第三地域営業部の下には、静岡営業所の外に、東海営業所(愛知、三重、岐阜の三県を担当)と北陸営業所(福井、石川、富山の三県を担当)があり、昭和六〇年当時、相互の人事交流は、相当頻繁に行われていたため、第三地域営業部の部長であったCは、静岡営業所で不祥事を起こした原告を他に転勤させるにあたっては、第三地域営業部内の他の営業所に転勤させるのが適当であると考えた。
 【4】 そして、当時東海営業所第一出張所に所属して三河地区を担当していたエリアセールスマンのDが、同年五月二六日付で、被告を退職することが決まっていたため、C部長は、原告を静岡営業所から東海営業所に転勤させ、右Dの後任として、三河地区のセールス活動に従事させることとし、E静岡営業所長を通じて、原告に本件転勤命令を通告した。
(3)
 〔中略〕
 原告の赴任先を東海第一出張所としたことには合理的な理由があり、結局、本件転勤命令には、業務上の必要性があったというべきである。
 (二) 次に、本件転勤命令によって、原告が受ける不利益につき検討する。
 (1) 原告は、子供の教育上、転校という事態はできるだけ避けるべきであると主張し、
 〔中略〕
 確かに、右年令の子供たちにとって、転校が与える精神的負担は少なくないと思われるが、前記(一)(1)のとおり、原告を静岡営業所管内において就業させることができない業務上の強い要請があったのであるから、原告が、家族と同居しつつ被告の業務に従事するためには、子供達の転校も止むを得なかったというべきであるし、《証拠略》によれば、
 原告は、既に家族とともに岡崎市に転居し、二人の子供は、現在それぞれ同地の高等学校や小学校に元気に通学していることが認められるから、原告を再び静岡営業所に戻し、同営業所において原告を勤務させるとすれば、かえって子供たちに再転校という二重の負担を強いることになる。
(2)
 〔中略〕
 原告が、横浜の近くに居住し、父親の面倒を見なければならないような差し迫った状態はなかったのであるし、また、仮に、原告が、父親の病気見舞いあるいは面倒を見るため横浜へ帰るとしても、岡崎と静岡ではそれほどの違いがないから、岡崎への転勤が、原告にとって著しく不都合であるとは認められない。

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