チェースマンハッタン銀行事件

チェースマンハッタン銀行事件

大阪地方裁判所決定 平成3年4月12日

判例タイムズ768号128頁

 一、本件は、東京と大阪に在日支店をもつ大手米国銀行が世界的な金融自由化等による収益悪化等を理由とする在日支店の合理化の一環として、大阪支店の従業員10名を東京支店に配転する旨を命じたところ、右従業員のうち9名が右配転命令の無効を主張して、その効力を仮に停止すべきことを求めた仮処分命令申立事件である。
争点は、(1)申請人らと被申請人銀行との労働契約が勤務場所を大阪に限定したものか否か、(2)右配転命令が権利の濫用に当たるか否かなどである。
 二、使用者の行う配転命令権の根拠については、労働契約に基づき労働者は使用者に自己の労働力の使用を包括的に委ね、使用者はその労働力の使用権を取得し、労働の場所についても、これを特定する合意のない限り、使用者は右労働力に対する処分権に基づきこれを個別的に決定する権限をもつとする包括的合意説と、配転命令は労働契約によって約定された労働の種類ないし範囲内においてのみ効力を有し、かかる約定のない場合に使用者が労働者を配転して従前と異なる労働の提供を命じるには、それについて改めて労働者の同意を要するとする労働契約説との2説がある。
本件においては、就業規則に「行員は、銀行の判断に従って、転勤あるいは担当の仕事を変更させられることがある」と規定されているから、右いずれの説をとっても銀行は一般的に従業員に対して配転を命じる権限を有することになる。
そこで問題は、本件において申請人らと被申請人銀行との労働契約上勤務場所を大阪支店に限定する旨の特約があったかどうかという点になるが、本決定は、大阪支店で採用手続が採られたとはいっても、採用行為等は全て中央人事部の承認、管理のもとに行われ、その後の労働条件も他の従業員と異なっていたわけでなく、その他就業規則の右規定内容、被申請人銀行の規模、これまでの配転実績や申請人らの経歴、入行時の状況等を総合し、かかる特約の存在を否定した。
 三、次に、配転命令が権利の濫用に当たるか否かについては、一般に(1)配転の業務上の必要性、人選の合理性の存否、(2)これと配転により労働者の受ける不利益の程度との比較衡量、(3)配転命令発令前に使用者が事前にどのような手続をとったか、などから判断すべきものとされている(最高裁判所事務総局編・労働関係民事裁判例概観上巻361ページ以下参照)。
そして、最2小判昭61・7・14(判タ606号30頁、労判477号6頁)は、配転命令拒否を理由とする懲戒解雇の効力を巡って争われた事案につき、配転命令が権利の濫用に該当するとして無効とされるのは「当該転勤命令に業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合」に限られるとし、更に「右の業務上の必要性」についても、当該転勤先への異動が余人をもって容易に替え難いといった高度の必要性に限定することは相当でなく、労働力の適正配置、業務の能率増進(中略)など企業の合理適運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在を肯定すべきである。」と判示した。本決定は、このような裁判例の傾向に従い、本件配転命令には一応の業務上の必要性を認めることができ、その人選基準にも不合理な点がなく、申請人らが右配転命令により相当の不利益を被ることは否定できないが、いずれも転勤に伴い通常生ずる程度のもので右業務上の必要性を上回るほどの不利益を被るとはいえず、更に、右配転命令に当たり被申請人銀行がとった措置等に照らし、右配転命令を権利の濫用に該当するものとして無効ということはできないとした。
 四、このように、本決定は従来の裁判例の傾向に沿ったものといえ、特に目新しい判断を示したものではない。
しかし、米国の深刻な金融不況の中で早くからその「経営危機」がマスコミにより報道された米国大手銀行が、在日支店における大幅な経営合理化策の1つとして行った配転命令を有効とした事例として参考になろう。
また、9名の申請人らのうち4名が既婚女性であり、右配転命令により夫の単身赴任と比べて一般に家庭に与える影響が大きい妻(母)の単身赴任を余儀なくされる恐れがあったが、かかる不利益もそれだけでは「共働き夫婦の一方が転勤を命じられることにより通常生じる程度」のものと判断した点が注目され、今後論議を呼ぶところであろう。

三和機材事件

三和機材事件
東京地方裁判所決定 平成4年1月31日

      主   文

 一 債務者は、債権者に対し、金二五万四〇九三円及び平成三年八月から本案の第一審判決言渡しに至るまで、毎月二五日限り金三一万二七四五円を仮に支払え。
二 債権者のその余の申立を却下する。

       理   由

 第一 申立ての趣旨
1債権者が債務者に対し、労働契約土の権利を有する地位にあることを仮に定める。
2債務者は債権者に対し、平成三年七月より、本案判決確定に至るまで、毎月二五日限り金三四万二八八五円(但し、平成三年七月分については、既払いの金五万八六五二円を控除した額)を仮に支払え。
3申立て費用は債務者の負担とする。
第二 当裁判所の判断
一 争いのない事実及び《証拠略》によれば、次の事実が一応認められる。
1当事者
(一)債務者会社(以下、単に「会社」または「三和」という。)は、昭和三〇年一○月二一日に設立された資本金二億八〇〇○万円の株式会社であって、工作用機械・資材の製作・販売及び輸出入業等を主たる目的としており、肩書所在地に本社を置くほか、大阪に支店、福岡、札幌に営業所、広島に出張所、千葉、成田に工場をそれぞれ有し、従業員は約一三〇名(後述の申立外サンワマトロン株式会社(以下「サンワマトロン」あるいは「新会社」という。)へ転籍出向したものを除く。)である。
(二)債権者は、昭和五二年に会社に入社し、千葉工場品質管理課へ配属となったが、同年一二月に同工場にサービス課が新設されるのに伴い、同課へ配置替えとなり、その後昭和五七年六月に東京営業所にサービス課が設置され、同課へ所属となった。
(三)債務者会社には、その従業員らで組織する全日本金属情報機器労働組合東京地方本部三和機材支部(組合員一九名、以下「組合」という。)がある。
債権者は、昭和五三年右支部の前身である三和機材労働組合の執行委員となり、昭和五四年一〇月には書記長に選出され、以降、支部に改組(昭和五四年一一月一〇日)された後も現在に至るまで一一年余にわたって継続して書記長の地位にある。
2本件解雇通告
会社は、債権者に対し、平成三年七月五日付け書面により解雇通告(以下「本件解雇」という。)をしたが、その理由は、同年七月三日に会社が債権者に対して新会社へ転籍出向を命じたにもかかわらずこれを拒否し、同社への出勤を拒んでいることが就業規則二八条一二項の「業務上の指揮命令に違反したとき」に該当するというものであった。
3会社の倒産と和議
(一)会社は、主として各種産業機械の製造販売を行い、主力製品は基礎工事用無騒音・無振動杭打機「アースオーガー」、下水道工事用水平推進掘削機「ホリゾンガー」であったが、右機械の製作販売は昭和四〇年代の日本の高度経済成長期の波に乗り売上高は急速に拡大した。しかし、昭和四八年秋の第一次石油ショックを契機に建設業界は昭和五〇年以降長期的不況に入り、公共投資の抑制、民間設備投資の縮小が続き、それに頼らざるを得ない会社も業績の低迷が続いた。その間会社は種々企業努力を続けたが、取引先が破産したため会社も手形の決済不能に陥って倒産し、同年三月三一日付けで和議の手続開始の申立てを行った。
(二)昭和六二年二月二五日、東京地方裁判所は和議を認可する決定を行なったが、和議条件の要旨は次のとおりであった。
(1)会社は、各和議債権者に対し、和議元本債権の五〇パーセントを一〇年間にわたって、毎年五バーセントずつ支払う。
(2)右支払いがなされたときは、各和議債権者は会社に対し、その余の和議元本債権並びにこれに対する利息・損害金の支払いを免除する。
(3)会社の代表取締役である志村肇は、右(1)の債務を連帯保証する。
その後、現在まで和議条件は順調に履行され、再建計画は順調に進んでいる。
4新会社サンワマトロンの設立
(一)新会社設立の必要性
会社は、平成三年四月一二日に債務者会社の営業部門を独立させ新会社サンワマトロンを設立したが、新会社設立の必要性は次のような理由によるものであった。
すなわち、外部的要因として、中堅企業に成長した会社は、建設機械に頼りすぎ、昭和五〇年代の低成長期には会社の製造技術の能力範囲だけの営業に固執し、新分野の営業へ目を向けることもできず、環境の変化に柔軟に対応できなかったが、欧米先進国のこれまでの経過からすると、日本においても今後生活基盤の整備が進むことにより公共投資が徐々に削減され、建設機械の需要が減ることが予想でき、これに対処するためにはこれからの一〇年間の内に新分野(環境公害対策機器・工作機械・建設機械関連機器等)への進出を検討していかなければならないが、そのためには営業部門を別会社にして自社製品にとらわれない販売会社が必要であったこと、昭和六一年後半から景気が回復し、同六二年から求人難となったのであるが、会社は前記倒産により企業イメージを損なったため、営業部門を別会社にして企業イメージを一新しなければ優秀な人材を確保することが困難となっていること等があった。
また、内部的要因として、会社はこれまで年二回経営計画会議を開催し、目標数値・戦略を発表し、各部門の責任体制を認識させてきたが、依然営業部門と製造部門相互間の依存意識が強く、在庫の増大やクレームの責任問題について問題が解決されなかったこと、会社は全部門共通の勤務体系・賃金体系をとってきたが、営業部門と製造部門では労働の形態が異なるため、賃金や労働時間等の労働条件を別にする必要があること、会社は和議会社であり、金融機関からの資金調達が難しく、客先への割賦販売やリース販売は即現金化できず、競合他社に後れを取ることがしばしばあったこと等から営業部門と製造部門とを別会社にする必要があった。
(二)新会社の概要
新会社の概要は次のとおりである。
本店所在地 三和と同じ
目的 工作機械・資材の製作販売及び輸出入並びにその代理業
鉄製・木製パレット並びに荷役用器具の製作販売
プラスチック製の機械部品の製作販売及び輸出入並びにその代理業
建築工事請負、不動産の売買・仲介・賃貸・斡旋・管理
損害保険代理業、有価証券の保有並びに運用業務
右に付帯する一切の業務
資本金 五〇〇〇万円
株主 三和の社長志村肇六〇パーセント、三和二五パーセント、三和の総務部長五十嵐幹也一五パーセント
組織 社長は三和の社長が兼ね、社長を除く取締役二名の内の一名は三和の総務部長が担当し、残り一名は同会社の元取締役営業部長が担当し、監査役も同会社の取締役総務部長が担当する。
事業所 本社は三和があるビルと同一ビルの五階を賃借し、社長室と総務部は四階を使用し、三和と共用している。
従業員数 平成三年七月一日現在、役員四名、管理職(課長以上)六名(三和の管理職がそのまま就任)、社員(三和の営業部員の内債権者を除く全員がそのまま就任、及び総務部員二名が就任)、嘱託二名(三和の営業部員一名と総務部員一名がそのまま就任)、パートタイマー四名(三和の営業部員がそのまま就任)の総員五二名である。
5人事異動(転籍出向)
(一)就業規則の変更
会社は、平成三年一月一四日の定時取締役会で販売会社設立が決定されたことを受け、転籍出向について検討したところ、当時の就業規則では、「配置転換、移動、出向」として第一七条(1)項に「会社は業務の都合により、・・・・・・出向を命ずることがある。」、同条(4)項に「(1)項の出向(出向とは、関連会社に期間を定め勤務させるものをいう)については、別に定める「出向規定」に基づき行う。」との規定はあったが、出向規定はなかったので、出向規定を整備することとなり、四月一日から実施することを目標に検討してきた定年及び退職金規定の改定とともに出向規定を完成させ、同年一月二八日の定時取締役会にて就業規則一部改訂案が可決承認された。
右出向規定によれば、第一条に「通則」として「本規定は、就業規則第一七条の(4)に基づく従業員の出向(転籍を含む)の取り扱いについて定める。」として、出向に転籍出向が含まれることが明らかにされるとともに、第三条(2)項に「転籍出向者は、転籍出向時をもって会社を退職し、出向先会社(以下、出向先という)に籍を置く。」、第四条に「出向期間はそのつと定める。ただし、転籍出向は除く。」と定められている。
(二)意見聴取と届出
会社は、平成三年一月二九日に本社職場代表者会議を開き、就業規則一部改訂の説明を行うとともに各営業所にも改訂案を配布した。
また、右同日千葉工場職場代表者会議も開かれ、会社は右問題について説明を行うとともに、同月三〇日、総務部次長が大阪支店に赴き、同支店の従業員に就業規則の改訂について説明を行った。
就業規則改訂についての従業員代表の意見は、本社、札幌営業所、福岡営業所及び大阪支店は「特にない。」というものであったが、千葉工場及び成田工場の意見は、いずれも出向期間の最長限度を定めることと、転籍出向の規定の削除を求めるというものであった。
その後、本社及び各事業所は、平成三年三月一二日から同年四月一七日までの間に、それぞれ所轄の労働基準監督署に就業規則変更届を提出し、会社は、同年四月一〇日に就業規則の改正部分の差し替え及び追加用頁を各事業所へ発送し、各事業所はこれを全従業員に配布した。
(三)新会社設立の発表と転籍出向の内示
会社は、同年五月九日に従業員に対して営業部門を分離独立させ、新会社を設立したことを明らかにするとともに、営業部門に勤務する従業員については七月一日付けで全員をサンワマトロンヘ「転籍出向」させる旨内示した。
6人事異動発令前の会社と組合との交渉
会社と組合は、新会社設立と転籍出向の問題に関して合計七回にわたる団体交渉(以下、「団交」という。)を行ったが、団交の内容の要旨は次のとおりであった。平成三年五月一三日に本件新会社設立に関する最初の団交を行い、席上会社側は新会社の概要について説明し、質疑応答を行ったが、組合側は転籍出向者には同意を得るように話し合うこと、組合員については組合が交渉に当たること、原則的には組合幹部の出向には応じられないこと等の意見を述べ、同月二三日の団交では、会社側は新会社の概要を記載した資料を組合に交付して説明した。
同月三一日の団交では、組合から会社に対し、転籍出向等労働条件の変更に関する事項については組合員及び組合が委任を受けた社員についてのみ組合が交渉に当たることを通告するとともに債権者他二名の組合員の名前が公表された。
同年六月五日の団交では、会社は組合に対し、新会社の就業規則を交付し、新会社の就業規則は新会社に不必要な部分を削除し、社名を変更した以外は会社のものと同一であり、労働強化が目的でない旨説明したが、組合側からは転籍出向か在籍出向かの選択権の有無、新会社と会社との取り引き関係の内容、転籍出向を納得しない場合の取り扱い等の質問がなされ、同年六月一○日の団交でも、前回とほぼ同様の内容の話し合いが行われた。
同年六月一七日の団交に於て、組合は(1)会社は新会社設立の狙いを「市場に密着した営業」「組織の活性化」「待遇の改善」「機動性に富んだ資金の運用」の四点を挙げているが、本当の狙いは四番目にあるのではないか、(2)希望する者には当面は在籍出向を認めることはできないか、(3)新会社の先行き不安を払拭するためにも三年位は労働条件の最低基準は三和と同じにできないか、(4)万一新会社が倒産した時は無条件でその時の社員全員を三和で引き取れないか等七点につき会社の意向を問い質す質問書を提出した。
これに対し、会社は、同年六月二五日の団交で、右組合の質問に対する回答を記載した書面を組合に提出したが、それによると新会社設立の目的は前記四つの点すべてが目的でありその間に優劣はないこと、希望者に在籍出向を認める考えはないこと、労働条件を一定期間三和と同じにする考えはないこと、新会社が倒産した場合に全会社員を三和で引き取る考えはないこと等とされていた。
六月二六日の団交で、会社は、組合が要求した三和と新会社の社印を押した「サンワマトロン株式会社(新会社)について」と題する書面を提出し、新しい問題がない限り団交を打ち切る旨通告し、組合は転籍出向については本人の同意を得てから(組合員については組合の同意も)行うこと等の要求を記載した「要求書」を提出した。
平成三年六月二七日、会社は同意のあった出向者全員(社員・嘱託四五人)に転籍出向辞令を交付(当日不在の者に対しては翌日交付した。)した。
なお、五月九日の発表以後、転籍出向対象者に対し、各所属長が説明をした結果、債権者を除く営業部員(組合員二名を含む)はこれに同意した。
その後、会社は六月二八日に同月二六日付け要求書に対する回答書を組合委員長に直接交付するとともに、同年七月一日に団体交渉打ち切りの文書を組合に交付した。
7債権者に対する説得と解雇
(一)債権者に対する発令前の説得と経過
会社は、前記転籍出向の内示後、債権者の直属の上司であるサービス課課長塚本慶宗が、同年五月一〇日、同月二四日、六月一二日の三回にわたって直接本人に(五月一〇日は電話)説明し、転籍出向に応じてくれるよう説得したが、本人にはこれに応じる様子は見られなかったため、以後は債権者の上司である営業部長中村公、人事担当として取締役総務部長五十嵐幹也・総務部次長吉田弘が説明に当たることになった。
六月二七日午前一〇時一五分から五五分までの間、本社五階応接室で、会社側からは右中村、吉田、塚本が出席して債権者に新会社への転籍出向の同意を求めたが、債権者上自分は組合書記長であり組合に任せているので返答はできないとして話い合いは平行線のまま終わった。
翌六月二八日午前一〇時から一一時までの間、本社五階応接室に於て会社側からは右吉田、塚本及びサービス課員張本武雄が出席し、前回と同様の話をしたが、前回と同様の結果に終わった。
さらに、同年七月一日、同月二日と会社側は債権者に対し説得を続けたが債権者は組合に任せているとしてこれに応じようとはせず、会社側は、この状態では業務命令を出さざるをえないと伝えた。
(二)発令後の経過と本件解雇
同年七月三日午前一〇時四〇分から一一時までの間、本社四階応接室に於て前記五十嵐、吉田、塚本が債権者と会い、席上右五十嵐が三和の転籍出向辞令を、右吉田がサンワマトロンの勤務辞令をそれぞれ読み上げたうえ交付しようとしたが、債権者は右各辞令の受領を拒否し、コピーが欲しいというので、会社側はコピーを交付した。その後、債権者は、同日の午後三和機材千葉工場に行き、大塚総務課長に対し、「明日以降は千葉工場に出勤する」と述べたので、右大塚は、「サンワマトロンに転籍出向の辞令が出たので、三和機材の工場では仕事をさせることはできない」と伝えた。しかし、翌四日の朝も債権者は千葉工場に出勤したので、右大塚は組合事務所以外の場所への出入りを禁じた。
同年七月五日午前八時四〇分に、債権者は、三和機材の社員として仕事をするために出社したとして本社に出社してきた。前記吉田は、転籍出向辞令が出ているのでサンワマトロンで仕事をするように要請したが債権者がこれを断ったため、債権者を五階の会議室に連朴て行き、午後一二時一五分まで考えさせた。その後同日午後一時二五分から二時までの間、前記五十嵐と吉田が本社四階応接室で債権者と会い、転籍出向に応ずるよう説得し、「就業規則上の問題で懲戒解雇となるがそれでも行けないか」と質したが、「自分は組合に任せており組合の考えと同じである」と答え、転籍出向に応じない旨を明らかにしたため、右五十嵐は債権者に対する解雇通告書を読み上げ、コピーとともにこれを債権者に渡した。
8債権者の賃金等
債権者の給与額は、直前三か月の平均は月額三四万二八八五円であり、支払日は毎月二五日であった。会社は債権者に対し、平成三年七月五日までの給与(七月分は金五万八六五二円)は支払ったが、その後は本件解雇を理由に債権者の就労を拒否し、その後の賃金の支払を拒絶している。
二 本件解雇の有効性
本件の争点は、会社のした本件解雇が有効であるか否かであり、その前提として本件転籍出向命令が有効かどうかである。
1本件転籍出向命令の有効性
本件解雇は、債権者が、会社の発した新会社への転籍出向命令に従わなかったことを理由としてなされたものであるから、本件解雇の有効性につき判断するためには、その前提として本件転籍出向命令の有効性につき判断しなければならない。
よって、その点につき判断するに、債権者は、使用者が労働者に対し転籍出向を命ずるには当該労働者の具体的同意を必要とするところ、本件においては債権者の具体的同意がないのはもちろん、仮に百歩譲って包括的同意で足りるとしても、それさえもないのに転籍出向命令がなされているから、本件転籍出向命令は無効であると主張し、これに対し会社は、まず、会社のした本件転籍出向命令は、会社と新会社とは法人格こそ別であるが実質的には同一会社であって、出向者にとっては給付すべき義務の内容及び賃金等の労働条件に差異はないのであるから出向になっても何の不利益もなく、したがって本件転籍出向については配転と同じ法理により、会社の持つ包括的人事権に基づき、従業員の同意なしに命じ得ると解すべきである旨主張する。
ところで、「配転」と「出向」のそれぞれの意義については必ずしも明確ではないが、一般的には両者の違いは、「配転」はそれがなされる前後を通じ、労働契約締結の当事者である使用者の指揮命令の下で右使用者に対し労務を供給する点は変わらないが、労働者の勤務場所あるいは職種を変更する形態の人事異動であるのに対し、「出向」はそれがなされた後は労働契約の当事者である使用者の指揮命令下を離れて第三者の就労場所においてその指揮命令を受けて労務の供給をする形態の人事異動である点にあると解されており、特に「出向」のうちでも、出向元との間の労働契約関係を存続させたまま出向先の使用者の指揮命令下で労務を提供するいわゆる「在籍出向」ではなく、出向によって出向前の使用者との間の労働契約関係が消滅し、出向先の使用者との間にあらたなる労働契約関係が生じる(本件出向規定にも同旨の規定があることは前記のとおり)いわゆる「転籍出向」の場合には、結果的には労働契約の当事者に交換的な変更を生じる点において労働契約の当事者には何らの変更のない配転とは決定的に異なる。
したがって、一方が実質的には独立の法人と認められるような場合はともかく、本件のように二つの実質的にも独立の法人格を有する会社の間においては、いかに前記のように労働条件に差異はなく、人的にも、資本的にも結び付きが強いとしても、法的に了解車間の転籍出向と一方の会社内部の配転とを同一のものとみることは相当でなく、転籍出向を配転と同じように使用者の包括的人事権に基づき一方的に行ない得る根拠とすることはできないというべきである。
また、これを実質的な面からみても、労働契約関係にあっては、労働者は継続的に労務を供給することによってその対価として賃金を得ていくのであるから、仮に転籍出向時点での労働条件に差異はなくとも、将来において両会社の労働条件に差異が生じる可能性があるとすれば、労働者にとってはどちらの会社との間に労働契約を締結するかということは転籍出向時点でも非常に重要な問題であり、そういう問題の生じない配転とは同一に扱うことはできない。
これを本件についてみるに、前記認定事実からすれば、新会社設立時点においては両社の間には労働条件については差異はないといえるが、前記認定のように、会社は組合との団交の過程で、組合側の三年位は新会社の労働条件の最低基準を会社と同じにして欲しいという要求をあくまでも拒否していることからしても、三年先程度の近い将来においてさえ新会社の労働条件が会社のそれを下回らないという保障のないことは明らかであり、また、両社の間には資本金の額だけではなく両社の主たる業務の種類の相違から資産の内容にも差異があることが明らかであることからすれば、いかに三和が和議中の会社であったとしても、それだけで新会社の方が経済的に安定しているとはいえず、労働者にとっては両会社は実質的に同一であるとはいえないし、使用者の変更に不利益がない等とは到底解することができない。
したがって、以上いずれの面からみても、本件転籍出向を配転と同様に解すべきであるとする会社の主張はとり得ない。
次に、会社は、本件を配転ではなく出向とみるとしても、就業規則(出向規定を含む)において、転籍出向を含めて「会社は業務の都合により配置転換、転勤、応援、派遣、出向を命ずることがある」(就業規則一七条)「本規定は、就業規則第一七条の4に基づく従業員の出向(転籍も含む)の取り扱いについて定める」(出向規程一条)と定めているのであって、これら就業規則の規定は、債権者との間の労働契約の内容になっているのであるから、本件転籍出向については債権者の包括的同意があるといえるのであって、右包括的同意の外に個別的な同意は必要としないと解すべきであると主張する。
しかしながら、前記認定のように、出向規定が作られたのは、債権者が会社に入社した一四年後、本件転籍出向命令が発せられるわずか三か月前のことであり、しかも債権者は本件出向規定にはそれが発表された直後から反対していることが明らかであり、さらに債権者の職場の従業員代表の意見は「特にない」というものであったが、他の職場の従業員代表の意見の中には転籍出向の規定の削除を求めるという意見が複数存在していたことからすると、出向規定の内容が、債権者はもちろん、その適用をうける全従業員の労働契約の内容となっていたとは到底解し難い。
しかも、会社は、出向規定を作る以前の就業規則自体に転籍出向を認めた規定があったかのような主張をしているが、前記認定のようにそれ以前の就業規則自体には「出向を命ずることがある。」としているだけで、転籍出向を含むかどうかは就業規則自体からは明らかではなかっただけでなく、これまで転籍出向を命じた例もなく、かえって就業規則ではわざわざ「出向とは、関連会社に期間を定め勤務させるものをいう」と定義づけしたうえ、「出向については、別に定める「出向規定」に基づき行なう。」と規定していることからすれば、就業規則自体で予定していたのはむしろ出向規定でいう「在籍出向」であったことが一応推認される。なぜなら、転籍出向は前述のようにそれにより従前の使用者との労働契約関係は消滅し、出向先とは新たな労働契約関係が設定されるのであるから、法的にみればそれによって労働契約関係が消滅する従前の使用者との間で出向期間を定めること自体矛盾であるし、それが当然に出向先の労働契約の存否あるいは内容に影響を及ぼすものとはいえないから、期間が経過したからといって出向先の意思に関係なく当然に転籍前の会社に復籍(出向先との労働契約関係は消滅)できるものでもなく、その意味でも期間を定めることは無意味であるからである。出向規定が、前述のように出向期間の規定から転籍出向を除いているのは当然のこととして理解できる。
また、債権者が会社に入社した際の就業規則には、右に述べたようにただ「会社は・・・・・・出向を命ずることがある。」とするだけでその具体的な内容を規定する出向規定も作られておらず、また審尋の全趣旨によれば会社の関連企業といえるものも具体的には存在していなかったことが一応認められるのであって、そうであるとすれば、就業規則に右規定があったというだけでは在籍出向についてさえ、債権者の包括的な同意があったと解することには極めて疑問があると解さざるをえない。
いずれにしても、本件においては転籍出向につき債権者の包括的同意があったとは認め難く、他にこれを疎明する資料はない。
そして、前述のように、転籍出向は出向前の使用者との間の従前の労働契約関係を解消し、出向先の使用者との間に新たな労働契約関係を生ぜしめるものであるから、それが民法六二五条一項にいう使用者による権利の第三者に対する譲渡に該当するかどうかはともかくとしても、労働者にとっては重大な利害が生ずる問題であることは否定し難く、したがって、一方的に使用者の意思のみによって転籍出向を命じ得るとすることは相当でない。
ただ、現代の企業社会においては、労働者側においても 労働契約における人的な関係を重視する考え方は希薄になりつつあり、賃金の高低等客観的な労働条件や使用者(企業)の経済力等のいわば物的な関係を重視する傾向が強まっていることも否定できず、また使用者側においても企業の系列化なくしては円滑な企業活動が困難になり、ひいては企業間の競争に敗れ存続自体か危うくなる場合も稀ではないことからすると、いかなる場合にも転籍出向を命じるには労働者の同意が必要であるとするのが妥当であるか否かについては疑問がないではない。しかしながら、希薄になりつつあるとはいえ労働契約における人的関係の重要性は否定することはできず、また契約締結の自由の存在を否定することができない以上、右のような諸情勢の下にあってもなお、それが常に具体的同意でなければならないかどうかはともかく、少なくとも包括的同意もない場合にまで転籍出向を認めることは、いかに両社間の資本的・人的結びつきが強く、双方の労働条件に差異はないとしても、到底相当とは思われない。
本件の場合においては、両社の間には右物的な関係においても差異がないとまではいい難いうえに、債権者は本件転籍出向につき具体的同意はもちろん包括的な同意もしていなかったのであるから、右同意を得ないでした会社の本件転籍出向命令は無効という外はない。
2本件解雇の有効性
以上のように、会社が債権者に対してなした本件転籍出向命令は無効であるから、債権者においてこれを拒んだとしても何ら責められるべき筋合いのものではなく、会社の就業規則二八条一二項の「業務上の指揮命令に違反したとき」に該当しないので、右を理由とする本件解雇は無効であると解され、したがって、債権者主張の被保全権利の存在が一応認められる。
三 保全の必要性
《証拠略》によれば、債権者の家族は妻(四〇才)、長男(中学一年生)、長女(小学校六年生)の外に義姉(四二才)がおり、義姉は障害者で働けず、妻の両親も高齢のうえ健康もすぐれないので現在障害児教育に携わっている妻が面倒を見ていること、妻は公立小学校の精神薄弱特殊学級の担任教師をしており、給与は手取り月金二三万一九三四円であること、債権者の給与は直前三か月の平均は前記のように月額金三四万二八八五円であるが手取りは金二二万三八一〇円であり、そのうち通勤費が金三万一四〇円含まれていること、債権者家族の資産は、平成元年に取得した土地建物があるがその取得費用はほとんど借金で総額金三五八〇万円になり、ローンの支払いは年間金二四〇万三九一八円で月々の支払い金額は金一三万八八五六円、ボーナス時(年二回)にはそれぞれ金三六万八八二三円を月々の支払いに付加して支払っていること、月々の支払いはローンの支払い金九万八三九円(残額は妻の給与から天引き)を含めると家族全員分で約金四五万円にものぼり、これに家屋の維持修繕費等を合わせると月々の収入では賄いきれず、赤字はボーナスで賄っていることが一応認められ、右事実からするとこのまま放置していては債権者が回復し難い損害を被ることは明らかであるから、賃金仮払の保全処分の必要性が認められる。そこで、賃金のうち仮払を認めるべき範囲について検討するに、右諸事情からすると、現時点では会社が債権者の就労を拒否しているので、債権者は会社に出勤しなくとも賃金請求権を失うものでないから、前記月平均給与額から交通費相当額は控除するのが相当であり、右控除後の月額金三一万二七四五円の範囲(平成三年七月分は、前記のように金五万八六五二円は支払済であるので残額金二五万四〇九三円となる。)で仮払の必要性が認められる。また、債権者は、本案判決確定に至るまでの賃金の仮払を求めているが、未だ本案訴訟も提起されていない段階で本案確定に至るまでの間の債権者の経済状態まで判断することは困難であるし、第一審の判決の言渡しによって被保全権利の存否も更に明確なものとなると思われ、それにより紛争が解決する可能性も考えられるので、右賃金仮払の必要性の認められる期間は、第一審判決言渡しまでとするのが相当である。
また、債権者は、労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める旨の申立てをしているが、賃金の仮払を認める外に右地位を保全すべき特段の事情の疎明はないので、右仮処分の必要性は認められない。
四 結論
以上のとおり、本件申立ては、平成三年七月から本案第一審判決言渡しに至るまで、毎月二五日限り月額金三一万二七四五円(同年七月分については既払い分を控除した金二五万四〇九三円)の割合による賃金仮払を求める限度で理由があるから、事柄の性質上保証を立てさせることなくこれを認容し、その余の申立て部分は、その疎明がなく、その性質上保証をもってこれに代えることは相当でないと認めるのでこれを却下することとし、申立て費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条に従い、主文のとおり決定する。
(裁判官 高田健一)

マリンクロットメディカル事件

マリンクロットメディカル事件

東京地方裁判所決定 平成7年3月31日

労働判例680号75頁
地位保全等仮処分申立事件

本件は、債務者たる医療機械器具販売会社の東京マーケティング担当マネージャー(課長代理待遇)である債権者が、仙台営業部への配転命令を拒否したことを理由として懲戒解雇されたのに対し、本件配転命令の無効を前提として地位保全と仮払金の支払いを求めたものである。
 本判決は、配転命令権の根拠と限界を示した東亜ペイント事件最高裁判決(最二小判昭62・7・14判四七七号六頁)の理論を踏襲し、就業規則に配転に関する規定があること、また契約締結時に職種を特定する合意がなされなかったこと、および債権者が入社に際して就業規則を遵守する旨の書面を提出していることから、会社は債権者をその裁量により配転できるとしながら、配転に関する業務上の必要性がない場合、不当な動機・目的により配転命令がなされた場合、あるいは配転により被る労働者の不利益が通常甘受すベき程度を著しく超えている場合には、当該配転は配転命令権の濫用として無効となるとした。そのうえで、本件では業務上の必要性に疑問があり、また従来、マーケティング担当者が営業職に配転されたことはなく、本件配転の動機が債権者を会社から排除し、あるいは債権者が配転に応じることなく退職することを期待していたことにあったとして、配転命令の必要性・動機の面から、本件配転命令権が濫用されたものと判断されている。
 前掲東亜ペイント事件最高裁判決以降の下級審判決は、同判決の論理に従うものが多いが、不当労働行為のケースを除き、使用者の配転命令権の濫用と認容したものは少ない。この意味において、本件は、業務上の必要性と配転の動機により配転命令権の濫用に該当するとした数少ない判例のひとつとして参考になろう。

明治図書出版事件

明治図書出版事件
東京地方裁判所決定 平成14年12月27日

労働判例861号69頁
(1)事件の概要 本件は,債権者Xが,債務者Yの発した転勤命令(以下「本件転勤命令」)を無効として,同命令に基づく就労義務がない仮の地位を定める仮処分命令を申し立てた事案である。
 Yは,教科書・学習参考書の出版等を主たる目的とする株式会社であり,東京本社のほか,大阪支社,埼玉県川口市に営業開発センター,東京都北区に配送センターがある。Yには,従業員で構成する全明治図書労働組合(以下「本件組合」)がある。Xは,入社後2年半は営業職に従事したが,その後現在にいたるまで約10年にわたって東京本社学習教材部門編集部2課(以下「本社編集部2課」という)に所属し,学習教材部編集者として勤務している。
 Aの就業規則6条は,「(1項)会社は業務上必要があるときは,従業員に異動を命ずることがある,(3項)従業員は正当の理由なくして,異動を拒んではならない」と規定されていた。
 Yは平成14年5月7日,Xに対し,就業規則6条に基づき,「社告」をもって,大阪支社勤務を命ずる旨の業務命令(本件転勤命令)を発した。しかし,Xは共働きの妻がいること,2人の子が重度のアトビー性皮膚炎で東京都内にある治療院に週2回通院していること,および将来的に両親の介護の必要があること等を理由に,本件転勤命令を拒否した。なお,Xは,本件転勤命令の発令に先立つ同年4月26日、本件組合に加入した。
(2)判断のポイント 本決定はまず,本件就業規則6条3項の「正当な理由」がある場合には当該転勤命令は配転命令権の濫用として,当該命令を無効なものとして拒むことができ,その命令に従う義務がないとした。そして,転勤命令を無効なものとして拒むことができる「正当な理由」がある場合とは,「業務上の必要性(当該人員配置を行う必要性及びその変更に当該労働者をあてる必要性)が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても,当該配転がほかの不当な動機・目的をもってなされたものであるときもしくは当該従業員に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等の特段の事情の存する場合をいうと解するのが相当である」と判断した。
 そのうえで,本件事案について,(1)業務上の必要性の存否と2特段の事情〈本件転勤命令がXに対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであること等の事情)の存否を検討している。(1)について,「業務上の必要性があるというためには,当該配転先への異動が余人をもっては容易に変え難いといった高度の必要性に限定されるものではなく,企業の合理的運営に寄与する点が認められれば足りる」ところ,大阪支社の営業部機の担当範囲が広く,人員不足気味である等の状況を背景に,Xを異動対象と選定したことは合理的であり,その異動は企業であるYの合理的経営に寄与すると認められるから,本件転勤命令に業務上の必要性が認められるとした。
 しかし,(2)について,Xに生じる不利益は,妻が共働きであることを前提とした育児に関するものであり,とりわけ,Xの2人の子がいずれも3歳以下で,(重症の)アトビー性皮膚炎であることから金銭的な填補では必ずしも十分ではないことや,男女共同参画基本法の趣旨,改正育休法26条(就業場所の変更を伴う配置変更の場合の配慮義務)の制定経緯等を総合考慮して,Yの「配慮」「対応」を検討したうえで,「Xについて生じている,共働きの夫婦における重症のアトビー性皮膚炎の子らの育児の不利益は,通常甘受すべき不利益を著しく超えるもの」として,就業規則6条3項の「正当な理由」のある本件転勤命令は権利の濫用として無効であるから,Xは本件転勤命令に従って就労ずる義務はないと判断した。
(3)参考判例 近時,配転が家庭生活に与える影響のうち,共働き夫婦の事情を考慮したうえで配転命令を有効とする裁判例が少なくない。ケンウッド事件(最三小判平12.1.28労判774号7頁)は,長男を保育園に預けている女性従業員に対する東京都目黒区の事業場から八王子の事業場への異動命令が権利の濫用に当たらないと判断した。同様に,共稼ぎの女性の転勤を有効とした判例として,JR東日本(東北地方自動車部)事件(仙台地判平8.9.24労判705号69頁),帝国臓器製薬(単身赴任)事件(最二小判平11.9.17労判768号16頁)がある。
 反対に,本件のように,使用者と労働者側の事情(労働者において家族の療養・看護等の高度の必要性がある場合)を比較考量して配転命令を無効とした判例がある(日本電気事件・東京地判昭43.8.31労民集19巻4号1111頁)。また,北海道コカ・コーラボトリ〉グ事件(札幌地決平9.7.23労判723号62頁)は,会社の帯広工場から札幌本社工場への転勤命令につき,業務上の必要性は認められるものの,労働者の長女が躁うつ病,次女が精神運動発達遅延の状況にあり,また両親の体調不良のため,家業の農業の面倒をみているという家庭状況からすると,人選に誤りがあり,労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとして,権利の濫用に当たり無効と判断している。同様に,担当業務廃止に伴う姫路工場から霞ケ浦工場への転勤命令につき業務上の必要性を認めながら,妻ないし実母の介護等を理由に権利濫用としたネスレジャパンホールディング(配転)事件(神戸地姫路支決平15.11.14労判本号88頁)がある。

ミクロ情報サービス事件

ミクロ情報サービス事件

東京地方裁判所判決 平成12年4月18日

金融法務事情1631号104頁

一 本件は、不動産競売により土地・建物を買い受け、代金納付を完了したXが、土地の実測面積が登記簿の表示より六九・一八平方メートル不足する二九九・五五平方メートルしかなかったとして、いわゆる数量指示売買による担保責任に基づき、配当を受けたYに対し売買代金の一部の返還を求めたものである。Xは、物件明細書には、土地の現況として「公簿上の記載とほぼ同一」と記載され、評価書においては、更地価格を一平方メートル当り金三四万五〇〇〇円としたうえ、これに表示された地積(合計三六四・七三平方メートル)を乗じた方法により土地価格が算出されている、かかる算出方法は登記簿上の地積が確保されていることを前提にしている、したがって、本件買受けはいわゆる数量指示売買に該当する旨主張した。これに対し、Yは、物件明細書や評価書等で土地の面積が表示されていても、それは土地の特定表示のためにすぎず、実際の面積を確保しているとの趣旨ではない、評価書においても正確に面積を断定していない、本件では建物と土地の一括競売であって土地の面積に着目された取引ではない等の理由をあげて、本件買受けが数量指示売買には該当しないと主張した。
二 本判決は、(1)物件明細書や評価書において正確に土地面積を断定しているわけではない、(2)建物と土地を一体として評価した過程において登記簿の表示面積が参考にされたにとどまり、土地面積のみで最低売却価格が決定されたものではない、(3)建物の評価が全体の価格の七五%を占め、土地価格の割合は低い、(4)実測面積は表示の約八一%であって同一性が欠けるとはいえないうえ、土地の範囲についての誤解はなかった等の事実を認定し、Xの競売による土地取得はいわゆる数量指示売買には該当しないと判断した。
三 民法五六五条にいういわゆる数量指示売買とは、「当事者において目的物の実際に有する数量を確保するため、その一定の面積、容積、重量、員数または尺度あることを売主が契約において表示し、かつ、この数量を基礎として代金額が定められた売買を指称するもの」とされる(最三小判昭43・8・20民集二二巻八号一六九二頁・判例時報五三一号二七頁)。そして、この理は、民法五六八条一項により民法五六五条が適用される担保権の実行においても同様であると解される(同様の判断をした原審を是認した最一小判昭62・11・12本誌一一九四号二八頁参照)。この判例の事案では、競売物件の表示として五一一・二九平方メートルとされた土地の実測が四三九・九八平方メートルであった場合でも数量指示売買ではないとされた。また、同様の事案において、表示面積が、二六六・五四平方メートルであったところ、実測面積が二五二・〇四平方メートルであった土地競売が数量指示売買に該当しないとされた事案として、東京地判平3・10・14(本誌一三二一号二八頁)がある。
四 数量指示売買か否かの判断にたっては、前記判例の趣旨を踏まえたうえ、事案の内容を総合的に判断して決するほかはないと思われるところ、本判決も同様に具体的事案を判断したうえ結論に至っており、この種の判断にあたって実務上参考となろう。

プロクター・アンド・ギャンブル・ファー・イースト・インク(本訴)事件

プロクター・アンド・ギャンブル・ファー・イースト・インク(本訴)事件
神戸地方裁判所判決 平成16年8月31日

外国法人の退職勧奨を拒否した従業員に対してなされた配転命令が人事権の濫用として無効とされた事例

判例タイムズ1179号221頁
地位確認等請求事件

1 Xは,洗濯洗浄製品等の販売等を行う外国法人であるY1の従業員であり,Y2はXの上司であった。
 Y1の組織は,取り扱う各製品群別に営業戦略の立案等を担当するGBU(グローバル・ビジネス・ユニット),市場戦略の開発等を担当するMDO(マーケット・ディベロップメント・オーガニゼーション),経理・福利厚生等を担当する事務部門であるGBS(グローバル・ビジネス・サービス)等,大別して4部門から構成されている。Xは,Y1の従業員としてMDOに所属して市場調査を担当していた。Y1は,従業員を,その職務(権限及び職責)に応じてバンド1からバンド5までに位置付けるバンド制度を採っており,各バンドに対応する給与のレンジ(上限・下限)があり,Xはバンド3に位置付けられ,シニア・マネジャーであった。
 Y2は,Xの上司(アソシエイト・ディレクター)の地位に就いた後,Xに対し,Y1の組織再編等により原告が従来担当していた業務がなくなるとの理由で退職を勧奨した。Xが応じなかったところ,Y1は,Xに対して,特別任務を命じ(スペシャル・アサインメント),その内容として,Xの位置付けをバンド3からバンド1に変更すること,当面,Xに命ずる特定の仕事はないが,Xが社内公募制度を利用して新たな職務を探すことは可能であること,給与は減額されないが,バンド3に認められるストック・オプションの権利は失うこと,職場を移動することなどを通告した。その後,Y1は,Xの職位を,バンド3に対応するシニア・マネジャーからバンド1に対応するアソシエイト・マネジャーに変更した。
 しかし,Xは,特別任務の命令に応じず,労働組合に加入し,同組合がY1と団体交渉を持ったところ,Y1は,XをGBSのMM(マーケット・メジャメント)に異動させ,バンド2に位置付けるとの配転命令(本件配転命令)をなした。Xが本件配転命令に従わなかったところ,Y1は,Xに対して賃金の支払を停止した。
 そこで,Xは,特別任務の命令は実質的に配転命令であり,同命令及び本件配転命令が,①労働契約上及び就業規則上の根拠なくなされたものであること,②業務上の必要がないのみならず,Xに対する嫌がらせによって退職に追い込むという不当な動機・目的でなされたものであり,またXに著しい不利益を被らせるものであり,人事権の濫用であること,③本件配転命令については,職種限定の合意に反することなどから,いずれも違法,無効であると主張して,Xが本件配転命令に従う義務のないことの確認及びY1に対して賃金の支払を求め,また,Yらに対し,その一連の行為が,労働契約上の債務不履行や不法行為に当たるとして損害賠償を請求した。
 Yらは,①Y1には,人事権の一内容として従業員に異動を命ずる権限があり,就業規則及び労働契約上その根拠があること,②Y1が経営効率の改善のための施策を進めた結果,Xの従前の業務がなくなったため,Xに対して特別任務の命令及び本件配転命令をなしたもので,業務上の必要性があり,また不当な動機・目的でなされたものではなく,給与額の変更もないことなどから著しい不利益もないなどと主張した。
 2 本判決は,要旨次のとおり判示してXの請求を一部認容した。
 すなわち,本判決は,Y1が労働契約に基づく包括的な権限として配転命令権を有し,就業規則の解釈及び労働契約の内容からも裏付けられるが,配転命令が業務上の必要性を欠く場合や他の不当な動機・目的をもってなされたとき,もしくは通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を与える場合には人事権の濫用として無効となると判示した上,本件の特別任務の命令について,Xを通常の業務に一切就かせず,新たな職務を見付けるというだけの職務に専念させる業務上の必要はなく,同命令は,Xに不安感,屈辱感を与え,精神的圧力をかけて任意退職に追い込む動機・目的によるものであり,さらに,職位をバンド3からバンド1に低下させ,それに連動する給与レンジの変更や能力発揮の機会を失うという職業生活上の不利益等を与えたことは,通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとし,これらを考慮すると人事権の濫用であり無効であると判示した。さらに,本件配転命令について,職務内容の変更の点は業務上の必要性がないとはいえないが,職位をバンド3からバンド2に低下させた点は業務上の必要性が乏しく,Xの本件紛争における一連の行動を嫌悪したもので不当な動機によるものであり,給与レンジの相違から今後昇給の可能性を制約するなどの実質的不利益があり,また,長年の業績を評価されて到達したバンド3の地位を失わせることから,通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を与えるとし,職務の変更とバンドの変更とは切り離せないので,本件配転命令は全体として人事権の濫用として無効であると判示した。また,Y1の債務不履行責任及びY2の不法行為責任も肯定した。
 3 本判決は,Y1の配転命令権の根拠として,包括的合意説を採りつつ,就業規則等の根拠をも示して契約説に沿った判示もしており,最高裁判例(最二小判昭61.7.14判タ606号30頁,判時1198号149頁,労判477号6頁〔東亜ペイント事件〕)がどの見解に立つか明らかでないことを考慮したものであろう。さらに,本判決は,前記最高裁判例に従い,配転命令が人事権の濫用として無効となるか否かの判断要素として,①業務上の必要性の有無,②不当な動機・目的の有無,③通常甘受し難い著しい不利益の有無を挙げたうえ,本件で争いとなった特別任務の命令及び本件配転命令の効力につき,個々の判断要素についての具体的事案に即した認定判断を踏まえ,各命令を無効としたものである。なお,配転命令の効力を争う訴訟の請求の趣旨や要件事実について,龍見昇「労働事件審理ノート4―配転命令等無効確認請求事件」判タ1146号40頁参照。
 ところで,本件配転命令は,単なる職務内容や勤務場所の変更ではなく,降格処分の要素も有しているが,外国法人であるY1の組織構成や従業員をその職務に応じて位置付けるバンド制度などの点,本件事案の特殊性がある。それらをどのように理解するかが,本件配転命令等との関係で,業務上の必要性や不利益等の認定判断に影響を与えることになる。特に,バンド制度におけるバンドの変更が持つ意味が問題であり,Yらは,バンドの変更は担当する職務に対応してなされたにすぎないなどと主張したが,本判決は,Xをバンド3から低いバンドに変更したことを実質的な降格と評価したものであり,これは,バンド制度を,Y1の組織内での技能・経験の積み重ねによる職務遂行能力の到達レベルを表象する職務資格制度であると解したものと見ることができる。なお,東京地決平8.12.11判タ949号132頁,労判711号57頁は,使用者が,従業員の職能資格や等級を見直し,資格・等級を一方的に引き下げる措置をなすには,従業員との合意等により契約内容を変更する場合以外は,就業規則の明確な根拠と相当な理由が必要であると判示する。降格処分等の効力を争う場合の要件事実について,伊藤由紀子「労働事件審理ノート5―解雇以外の賃金請求事件」判タ1147号54頁参照。
 4 本判決は,企業の組織構成や従業員の職位等につき特殊性を有する外国法人の従業員に対する降格処分的要素を帯びた配転命令の効力が争われた事案につき判断したものであり,企業の国際化が進む現在,今後の実務のため事例的意義があると思われる。

フジシール事件

フジシール事件

大阪地方裁判所判決 平成12年8月28日

労働判例793号13頁
配転命令無効確認等請求事件

(1)事件の概要 原告は,昭和55年に被告(フジシール)に雇用され,主に開発業務を担当し,関連会社への出向等を経て,被告のソフトパウチ部の部長となった。平成9年4月に被告の商品開発部の業務内容が分社化されたのに伴い,原告はフジアルフアに出向し,ソフトパウチ部長としてソフトパウチの技術開発に従事してきた。
原告は,10年12月14日に出向先の社長から3か月分の給与加算と通常の退職金の支払いを条件に退職勧奨を受けた。これを原告が拒否すると,得意先への訪問を禁止され,被告会長から12月21日に「管理職としての業績不振の責任をとってもらう」といわれ配転先が決まるまで自宅待機を命じられた。原告は,12月24日に,11年1月5日付で筑波工場への転勤命令を受け(以下「本件配転命令1」),1月29日に副参与職から副参事職への降格処分を受けた(以下「本件降格処分」)。原告は,本件配転命令を不服とし,筑波工場に勤務する雇用契約上の義務のない地位にあることを仮に定める仮処分を申立て,大阪地裁はこれを認容した。
被告は,同年7月21日,原告に対し,期限を定めない自宅待機命令を出すとともに,8月12日,同月17日付で,フジタック奈良工場への出向を命じた(以下「本件配転命令2」)。
本件の争点は,(1)本件配転命令1の有効性,(2)本件配転命令2の有効性,(3)本件降格処分の有効性,(4)原告の主張する損害の有無,の4点である。
(2)判断のポイント まず,争点1について,本判決は,判断事項(1)を前提としながら,管理職として技術開発に従事していた54歳の原告に対する単純作業の肉体労働への配転命令につき,当時筑波工場でのインク担当業務に従事させなければならない業務上の必要性があったものとはいえず,退職勧奨を拒否した直後に従前の開発業務とは全く異なった業務に従事させ,担当業務はその経験や経歴とは関連のない単純労働であったこと等に照らせば,本件配転命令1は,退職勧奨拒否に対する嫌がらせとして発令されたもので権利の濫用として無効と判断した。また,本件配転命令1の前に命ぜられた自宅待機についても,これは本件配転命令1と一体の処分というべく,不当な動機・目的を有する無効なものと判断している。
次に,争点(2)について,従前嘱託社員が行っていたゴミ回収業務に原告を配置する業務上の必要性はなく,権利の濫用として無効とした。
争点(3)については,被告は,本件降格処分は懲戒処分として行われたものであると主張したが,本判決は,被告の就業規則に,いかなる場合に降格処分になるかという要件が定められていないことを理由に,本件降格処分を無効と判断した。また,被告は人事権行使の裁量の範囲内として本件降格処分を行い得ると主張したが,本判決は,職能資格の引き下げには,就業規則等にその変更の要件が定められていることが必要であり,本件降格処分は,被告の就業規則の職能資格の変更について定められた要件,手続きが遵守されておらず,被告の主張は採用し得ないと判断した。
争点(4)について,本判決は,前述の配転命令1および本件降格処分が無効であることから,これに伴う給与の減額は許されないと判断した。しかし,原告に対する部長職の解職については,職位に関するものであり,被告の人事権の裁量に委ねられるのが相当とし,原告が商品開発について取引先と問題を生じさせたこと等から,部長職の解職は人事権濫用とはいえないとして,役職手当の差額請求部分については退け,賞与も役職手当を除いた算出基礎額で算出した額を認容した。
(3)配転と参考判例 異職種への配転については,直源会相模原南病院(解雇)事件(最二小決平11.6.11労判773号20頁)が,業務系統を異にする職種への異動,特に事務職系の職種から労務職系への異動については,業務上の特段の必要性および当該従業員を異動させるべき特段の合理性があり,かつこれらの点について十分な説明がなされた場合か,本人が特に同意した場合を除き,一方的に異動を命ずることはできないとした原審(東京高判平10.12.10労判761号118頁)を維持した。
職務の変更を伴う配転に関する最近の事案としては,ソフィアシステムズ事件(東京地判平11.7.13労判773号22頁)が技術職から川崎事業所の営業担当職への配転を有効と判断している。
(4)降格と参考判例 職能資格や等級の引き下げについて,アーク証言(第二次仮処分)事件(東京地決平10.7.17労判749号49頁)は,これらが労働契約において最も重要な労働条件としての賃金に影響を及ぼすことから,就業規則等における職能資格制度の定めにおいて,資格等級の見直しによる降格・減給の可能性が予定され,使用者にその権限が根拠づけられていることが必要であるとして,降格等を無効と判断している。
また,近鉄百貨店事件(大阪地判平11.9.20労判778号73頁)では,55歳役職定年制により部長職から部長待遇職となったことは違法とはいえないが,その2年後に勤務態度不良等を理由に課長待遇職に降格されたのは,本件降格が給与の大幅な減額(月額4万8000円)を伴うこと,待遇職は管理職ではないことから,その昇進,降格については管理職のそれと比較すれば被告の裁量権は狭く解するべきであり,当該降格は人事権の濫用に当たり不法行為を構成すると判断している。
なお,退職勧奨を拒否した元支店長に配転を命じ,その後指名解雇したマルマン事件(大阪地判平12.5.8労判787号18頁)では,新設の市場情報室に1人配置していたことは,資格等級に変化はなく,手当を除く賃金にも変化がないことから,これを無効とする事情はないとするが,資格等級の降格処分については無効と判断している。

帝国臓器製薬事件

帝国臓器製薬事件

最高裁判所第2小法廷判決 平成11年9月17日

労働判例768号16頁
転勤命令無効確認、損害賠償請求上告事件

(1) 本件は、被上告人Yに勤務する上告人X1、本件転勤を命じられたことにより、X1の妻で同じ会社で共働きのX2およびX3三人の子供と別居せざるを得なくなり単身赴任を強いられたとして、右転勤命令の違法を主張し、転勤命令の無効確認と債務不履行または不法行為による損害賠償を請求した事件の上告審判決である。
(2) 一審は、(1)組合員の転勤について組合の承認を得なければ発令できないとする労使慣行はなかった、(2)本件転勤命令は業務上の必要性に基づくものであり、転勤に関する労働者間の公平性および人選自体に不当な点は認められない、(3)X1とX2ら家族の二重生活による経済的、精神的不利益の軽減、回避のためにYが採った措置が、社会観念上求められる配慮すべき義務を欠いたものとはいえず、また、転勤先が新幹線で二時間の場所であることからみれば、X1の受ける経済的・社会的・精神的不利益が、労働者において社会通念上甘受すべき程度を著しく超えるものとは認められない、(4)本件転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものとは認められない、として原告らの請求を棄却した。
(3) 控訴審においてX側はさらに、本件転勤命令は単なるローテーション人事であり、業務上の必要性がなく転勤に関する労使慣行にも反すること、単身赴任により基本的人権である「家族生活を営む権利」を侵害されたこと、および「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」等の趣旨に反し公序良俗違反であること、などを主張した。
 しかし判決は、(1)Yの人事異動の施策には合理性があり、(2)控訴人らが受けた経済的・社会的・精神的不利益は、転勤に伴って通常甘受すべき範囲内のものであり、(3)転勤命令には本人の同意を要するという労使慣行の存在も認めることができず、また、(4)本件転勤命令により単身赴任を余儀なくされたからといって、転勤命令が公序良俗に反するものとはいえず、転勤に関する労働契約や就業規則の効力の解釈につき、「家族生活を優先すべきであるとする考え方が社会的に成熟しているとはいえない」として、控訴を棄却した。
(4) 本上告審判決も、二審の右判断を「正当として是認できる」としてX1らの上告を棄却した。
 すでに最高裁は、先例東亜ぺイント事件(最二小判昭61・7・14労判四七七号六頁)において、夫婦共働きの労働者に対する転勤の適法性ないし効力をめぐる争いについて、当該転勤命令の業務上の必要性と、それによる労働者の不利益とを比較衡量してその当否を判断し、労働者の生活上の不利益が転勤に伴い「通常甘受すべき範囲」内のものである場合は、その転勤命令に他の不当な動機や目的(例えば不当労働行為など)がない限り有効とする判断基準を示しており(事案については、神戸営業所から名古屋営業所への転勤命令につき、権利の濫用として原告の請求を認容した原審を破棄、差戻した)、本件二審判決も、これに沿った判断枠組みを示している。
(5) 本件二審は、X側の、本件転勤命令が「家族生活を営む権利」の侵害等に当たり公序良俗に違反するとの主張に対し、「(1)Yは、長年にわたり、人材育成と人的組織の有効活用の観点から、医薬情報担当者等について、広域的な人事異動を実施しているところ、X1は、入社以来昭和六〇年三月まで一五年間都内地域の営業を担当してきており、都内を担当する職員の中で最も担当期間の長い職員の一人であったことに照らすならば、X1についてのみ、特別の事情もなく、異動の対象から除外することは、かえって公平を欠くことになる、(2)本件転勤命令によってX1の受ける経済的・社会的・精神的不利益は、社会通念上甘受すべき範囲内のものといえる、特に、(3)転勤先である名古屋と東京とは、新幹線を利用すれば、約二時間程の距離であって、子供の養育監護等の必要性に応じて協力することが全く不可能ないし著しく困難であるとはいえない、(4)Yは、X1が支給基準を満たしていないにもかかわらず、別居手当を支給したほか、住居手当を支給したことなど一応の措置を講じていることなどの事情を考慮すると、本件転勤命令により、X1が単身赴任を余儀なくされたからといって、公序良俗に違反するものということはできない」旨の判断を示している。
 いわゆる単身赴任を余儀なくされる転勤命令が「公序良俗」に違反するかどうかは、具体的事情にかかるところが大きい。本件上告審判決も、二審の右判断を支持したものと思われる。本件の先例としての意義もその点にあるといえよう。
 不況、リストラの影響が中小企業の分野にも及んできていると指摘されているだけに、本判決の影響は少なくないであろう。

ケンウッド事件

ケンウッド事件

最高裁判所第3小法廷判決 平成12年1月28日

判例タイムズ1026号91頁
異動命令無効確認等請求事件

一 本件は、著名な音響機器メーカーであるY(旧商号はトリオ株式会社)の東京都目黒区所在の本社地区の庶務の仕事から八王子市所在の事業所の製造ラインへの転勤を命じられた女性従業員Xが、命令に従わずに右事業所へ出勤しなかったため、最終的に懲戒解雇されたことにつき、Yに対し、地位確認、未払賃金の支払等を請求した事件である。 本件の中心的争点は、転勤命令の効力の有無であり、より具体的にいえば、転勤に伴いXないしその家族が被る不利益が通常甘受すべき程度を著しく超えるものであるか否かなどが問題となった。Xは、他社に勤める夫と共働きで三歳の子供を保育園に預けながらフルタイムで勤務している女性であり、右不利益は通常甘受すべき程度を超えていて、本件転勤命令は女性の働く権利を奪うものであって女性差別に当たるなどと主張した。
 二 転勤命令の効力については、本判決の引用する最二小判昭61・7・14本誌六〇六号三〇頁(東亜ぺイント事件判決)がリーディングケースとなっている。同判決は、当該使用者が当該労働者に対し転勤を命ずる権限を有するとの認定判断をした上で、使用者は業務上の必要に応じ裁量により労働者の勤務場所を決定することができるとして、転勤命令が使用者の裁量により行い得るものであることを明らかにした上で、それが権利の濫用にわたる場合には、転勤命令が無効になるとの考え方を示している。そして、転勤命令が権利の濫用に当たるというためには、[1]業務上の必要性が存しない場合、[2]不当な動機・目的をもってされた場合、[3] 労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる場合、などの特段の事情の存することが必要であるとしている。この一般的な考え方自体は、YのXに対する転勤命令権が認められることを前提とすれば、本件にも当てはまるものと考えられる。しかし、[3]の労働者の不利益の内容、程度は事案ごとに異なるところが大きく、右最二小判の事案は、全国に営業所を有する企業における大学卒業の男子営業担当者に対する神戸営業所から名古屋営業所への転勤命令であり、本件とは基礎事実がかなり異なるので、本件への具体的当てはめについては、慎重な検討を要する。
 束亜ペイント事件のように大企業のいわば幹部候補生として採用された労働者がいわゆるローテーション人事等により地方転勤を命じられることは、しばしばみられるところである。右判例によれば、それに伴い家族共々転居を迫られ、又は当該労働者が単身赴任を余儀なくされるとしても、それだけでは通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものとはいえないということになろう。右事案の労働者は、配偶者(妻)が仕事を有している点においては、本件と類似する事情を有するが、従前の住所から通勤することは事実上不可能である、大阪を離れたことのない七一歳の母親と同居して同女を扶養している、従前の住居は母親名義の持ち家であったなどという事情を有していた。本件の労働者Xは、品川区に居住していて八王子への通勤は長時間を要するが事実上不可能とまではいえないし、従前の住居は借家であり、他社に勤務する夫も八王子近辺から通勤することができないものではなく、現住所を離れ難い事情は右事案より大きくないものと思われる。しかしながら、一方で、本件においては、子供を保育園へ送迎しなければならないため、長距離通勤はこれを困難にし、転居するにしても転居先の選定の幅が狭くなるなど、不利益性が大きい点もある。なお、Xの夫は転居に反対しておりこのことがXが転勤命令に従うことを拒否した大きな動機になっていたようである。
 三 本判決は、本件の事実関係の下においては、Xの負うことになる不利益は、必ずしも小さくはないが、なお通常甘受すべき程度を著しく超えるとまではいえないなどとして、転勤命令が権利の濫用に当たるとはいえないと判断した。この説示の仕方は、前記最二小判の判断と比較すると、本件の方が判断が微妙であったことをうかがわせるものである。なお、法廷意見は夫が転居に反対したことには触れていないが、元原裁判官の補足意見で触れられているとおり、労働者の受ける不利益の程度は客観的事情から判断すべきものであり、使用者によってはいかんともし難い夫の協力の有無は、考慮要素にならないとの考え方に基づいていると思われる。
 本件における転勤命令権の濫用の有無については、業務上の必要性及び不当な動機・目的の有無も争いとなっており、本判決はこれらについても判断を示しているが、これらについては直接判文を参照されたい。
 なお、以上の前提問題として、そもそもYが転勤命令権を有するといえるかどうかについても、問題がなくはない。上告理由によれば、Xは中卒の学歴しか有しないようである。その採用の時期が昭和五〇年という男女雇用機会均等法ができる一〇年も前のことであることも考えると、広域異動が予定されないいわゆる現地採用現地勤務の暗黙の合意のある労働者ではないかということが問題となり得る。しかし、この点については、原審が就労場所を限定する合意があるとは認められないとしており、本件における同じ東京都内である目黒区から八王子市への転勤に限って考えれば、そのような認定に問題があるとまではいい難い。本判決は、右の点を含む本件の事実関係の下においては、YはXに対し転勤を命ずる権限を有すると認定判断している。もっとも、元原裁判官の補足意見が指摘しているように、YがXについて東亜ペイント事件における神戸から名古屋までのような広域の異動についてまで転勤命令権を有していたといえるかどうかについては、慎重な検討が必要であろう。右補足意見の述べるとおり、転勤命令を有効とした本件の事例判断をあまり拡大解釈することは相当はいえず、特に子育て中の高学歴とはいえない女性労働者に対する転勤命令の適否については、事例ごとに慎重に判断すべきものであろう。
 本判決は、東亜ペイント事件判決とは異なる事情の下において転勤命令権の濫用の有無につき事例判断を示したものとして、実務の参考になろう。

日本レストランシステム事件

日本レストランシステム事件
大阪高等裁判所判決 平成17年1月25日

労働判例890号27頁
地位確認等請求控訴事件

(1)事件の概要 被控訴人Y(一審被告)は,スパゲッティ専門店等,約25のブランド名で総数約250店舗を全国展開している。控訴人X(一審原告)はYの従業員であり,平成12年から14年までマネージャーA職として4店舗を担当し,店長以下店舗従業員を指揮監督する権限を有していた。この期間各店舗の従業員・主要なアルバイトは,サービス残業を行う代わりに,Yのルールに違反して,Y所定の料金を支払わず,賄い食を食べていたとYは主張している(以下,「本件無銭飲食」)。
Xは14年6月16日,原価を操作するなどしたとして,マネージャーB職に降格され,3施設を担当することになった。その後,14年9月6日,YはXをマネージャーB職から店長A職に降格し,Xを東京の営業4部に配転する旨の命令を告知した。降格処分の理由は,「本件無銭飲食」について,マネージャーとして管理不行届であったというものであり,また,配転命令の理由は,最大マーケットである東京で管理職として勉強してもらう必要があることとされた。しかし,Xには特定疾患(心臓病三種合併症)を抱える長女がいて,大阪市立総合医療センターで治療を受ける必要があるため,採用の際に関西地域限定勤務を希望していた。
本件は,YがXに対してした降格処分,配転命令および出向命令がいずれも無効であるとして,XがYに対して①降格前の地位にあることならびに配転先および出向先における就業義務がないことの確認,②降格処分の賃金差額および慰謝料の支払いを請求した事案である。
Xは,本件訴えに先立ち,本件降格処分および本件配転命令の効力停止を求める仮処分命令を申し立てた。大阪地裁は,いずれも人事権の濫用として無効であるとして,XがY営業4部(東京)において,勤務する義務のないことを仮に定めるものの,XがYにおいてマネージャーB職にあることを仮に定める原告の申立てについては却下する旨の決定を下した(平14.12.5)。
一審は,降格処分は就業規則の降格の要件に該当する,勤務地を関西に限定する合意はない,本件配転を命じる業務上の必要性がある,配転によりXならびにXの家族が受ける不利益は,通常甘受すベき程度を著しく超えるとまではいいがたい,本件出向命令も有効であると判断した。
(2)判断のポイント 本判決は,本件配転命令・本件出向命令は権利濫用に当たらないとした一審判決を変更し,本件配転命令・出向命令は権利濫用に当たり無効としたものである。
ア 降格処分が無効といえるか
本判決は,一審と同様に,降格処分について無効とはいえないと判断し,その理由として,「本件降格処分は,懲戒処分ではなく,人事異動の措置としてなされたものであって,労働契約上,使用者が本来的に有する広範な人事権の行使としてなされるものである」としている。しかし,人事権の行使も,就業規則その他の労働者の合意の枠内で行使されるべきであるとしている。また,本件降格処分は減給を伴うものであり,懲戒処分と同様の不利益を労働者に与えるものであるから,上記の就業規則上の要件に従って,Xは「職務遂行上において,再三の指示命令にもかかわらず改善がなされず,Yから要求された職務遂行が行われない場合」との要件が満たされる場合に限り降格を命じることができるとした。
本判決は,本件降格処分当時,Yがサービス残業について降格理由としていないこと,従業員によるサービス残業の具体的な実情も調査されておらず不明であることから,Yはサービス残業にかかる管理監督義務違反が存在し,かつ,それが降格理由に該当するとまでは認識していなかったものと推認されるとした。しかし,本件無銭飲食については,Xが2年間もの間無銭飲食に気がつかなかったというのは不自然であり,その黙認について始末書を提出しているので,Xは従業員らが無銭飲食を行っていたことを暗に承知しながら,管理監督する義務を怠っていたことを認定した。
また,就業規則が定める「再三の指示・命令」の要件についても,「より実質的に,降格事由に徴表される職務遂行能力上の問題点を改善する機会が予め労働者側に与えられていたと評価するに足りる指示ないし命令が使用者側から再三なされていれば要件を満たすと解すべきである。」とし,降格処分が,権利濫用に当たるといえない限り本件降格処分を行い得ると判断した。そして,無銭飲食の実行犯,管理責任を負う4店舗の店長が処分を受けていないとしても,Xが管理責任を免れたわけではないとして,本件降格処分は権利濫用に当たらないとしている。
イ 配転が有効かどうか
(ア)勤務地を関西地区に限定する合意の有無
判決は,勤務地を関西地区に限定する合意について,中途採用の際のアンケートでは,関西以外の地域で勤務することを前提としていないこと,募集広告には関西地区のレストラン調理担当者の募集と記載されていたこと,面接の際,Xは長女には特定疾患(心臓病三種合併症)があることに触れ,大阪で勤務したいと述べ,被控訴人の担当者がこれを了解する姿勢を取っていたこと,その後労働契約関係においても,昇進したとはいえ,エリア内のレストラン部門で勤務し続けたこと,大阪以外の勤務地に異動したことやその打診を受けたこともなく,従前と同じ業務に従事したこと,本件配転命令時点において,関西地区はもとより,Yの会社全体としても,マネージャー職を地域外に広域異動させることはまれであったこと,以上の点を総合的に考慮して,「XとYとの間では,採用時点において,黙示にせよ勤務地を関西地区に限定する旨の合意が成立しており,その後,マネージャーA職に至る各昇格の際にも上記合意が変更されるには至らなかったものと認定することができる」とした。また,仮にそう認定できないとしても「YはXに対し,採用時から本件配転命令に至るまでの間,特段の事情がない限り,勤務地を関西地区に限定するようできる限り配慮する旨の意向を示し,その旨の信義則上の義務を負っていたと認定すべきである。」とした。
(イ)本件配転命令と権利の濫用
本判決も業務上の必要性の有無の判断において,「業務上の必要性がある場合でも不当な動機・目的をもってされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき限度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等,特段の事情のある場合でない限りは,権利の濫用にならないものと解されている」として,東亜ペイント事件(最二小判昭61.7.14労判477号6頁)と同じ基準を用いている。なお,本件では「YはXに対して,勤務地が関西地区に限定されるよう,できる限り配慮すべき信義則上の義務を負っていたと解すべきであり,権利濫用の成否を判断するに当たっては,この点を十分に配慮すべきである」としている。
そして,Xには,無銭飲食について従業員に対する管理監督義務の懈怠,管理職として職務遂行能力に欠けるという問題点があり,指導教育の必要性が認められるとしても,東京において予定されていた指導教育の具体的内容は必ずしも明らかではなく,大阪地区において,Xが社内ルール遵守に向けた改善を図ることができない状況にあったとは認められないから,「Xをただちにかつ期間の限定もなく,東京に異動させない限り,Xの改善を期待できなかったものとは認め難く,この点において,本件配転命令に業務上の必要性があったとまではいい難い。」として業務上の必要性を否定した。
さらに,本件配転命令によるXの不利益について,一審は,「通常甘受すべき程度を著しく超えるとまでは言い難い」としていた。しかし本判決では,Xの長女が特定疾患(心臓病三種合併症)に罹患し,主治医による定期的な観察,治療が不可欠であること,経過観察の結果3回目の手術が必要となる場合もあり,主治医を変更することは容易でないこと,緊急時にかかりつけの医療センターで受診するために,X家族は同病院に通院可能な場所を離れることが困難であること,降格処分以降,家計を支えるために妻は新聞配達に従事し,人工関節を使用する身体障害者であるXの母もパート勤務に従事していること,Xの二女,三女が幼く養育に手がかかることもあって,長女の介護のためには,Xが家族と離れて生活することは困難な状況にあること,Xおよび妻は,本件配転命令の時点から今日に至るまで,東京への異動は不可能である旨を一貫して述べていること等から,「X及びその家族は,本件移動によつて相当な不利益を被るものといわざるを得ない」とし,Yが,Xが家族で転居する場合には家族用の社宅を無償で提供する意向であること,Xの長女も配転命令時点では特段緊急の治療が必要な状態ではないこと,東京に専門的な医療機関があることを考慮しても,「Xの不利益には軽視し難いものがあり,これを解消するに足る措置が講じられたとまでは認め難い」とした。また,本件配転命令はXに相当な不利益を課すものだから,Yはあらかじめ「①配転が必要とされる理由,②配転先における勤務形態や処遇内容,③大阪地区への復帰の予定等について,Xに対し可能な限り具体的かつ詳細な説明を尽くすべきであった」が,説明を尽くしたとはいえず,また,勤務地を関西地区にとどめるようできる限りの配慮がなされたともいえないとし,以上の点から,本件配転命令は権利の濫用に当たるから無効であるとした。なお,配転命令における説明義務について,業務上必要な配転命令であったとしても,誤解を招くような方法で説明され,命令を拒否してもやむを得ない事情にあったとされた例として山宗事件(静岡沼津支判平13.12.26労判836号132頁)がある。
ウ 出向命令について
被控訴人は,就業規則に基づき本件出向命令を発したとするが,就業規則上の規定のみを根拠として発令しうるか問題となった。本判決は,「出向命令権の根拠としては就業規則の包括的な事前合意で足りる」といえるが,出向の場合,労務提供の相手方や指揮命令権者が変動し,労働条件,キャリア,雇用面等で労働者に不利益が生じ得るから,出向命令を有効になし得るためには,「当該出向の対象労働者との間で配転に関する個別の合意が成立しているか,就業規則又はその附則(いわゆる出向規定)において,出向先の労働条件・処遇,出向期間,復帰条件(復帰後の処遇や労働条件の通算等)に関する規定が整備され,その内容も労働者に著しい不利益を被らせるものでないことを要すると解すべきである」とした。そして,本件出向命令の有効性について,出向命令の根拠とした就業規則の規定は,配転命令権について包括的な定めをしたものにすぎず,その他出向先の労働条件・処遇,出向期間,復帰条件等を定めた規定は見あたらず,Xが本件配転命令に合意していないので,本件出向命令は,その法的根拠を欠く無効なものであるとした。また,本件出向が指導教育目的とするものであるとはいえないこと,Xにはレストラン部門の調理,営業,またはその管理に職種を限定する同意が成立していたといえること,これに対し,出向先は流通部門で,職務内容も食材の配送作業であり,労働者の被る不利益も大きいと考えられるが,出向先の労働条件・処遇,出向期間,復帰条件等について,十分な説明がつくされていないことから,本件出向命令は,権利濫用に当たり,無効とした。
エ 以上のように,本判決は本件配転命令および出向命令を人事権監用と判断したうえで不法行為に当たるとし,その精神的損害に対する慰謝料として100万円を相当としている。
(3)参考判例 本文中にあげたもののほか,長女が鬱病,次女が発達遅延の状態,両親の体調が不良という状況において,配転命令が通常甘受すべき程度を著しく超える例として北海道コカ・コーラボトリング事件(札幌地決平9.7.23労判723号62頁),共働き夫妻が重症のアトピー性皮膚炎の子の養育に当たる場合の東京本社から大阪支社への配転が通常甘受すべき程度を著しく超えるとされた例として明治図書出版事件(東京地決平14.12.27労判861号69頁),精神病の妻,要介護の母の家庭の事情に照らすと,通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるから権利の濫用に当たるとして無効とされた例として,ネスレジャパンホールディング(配転)事件(神戸地姫路支決平15.11.14労判861号88頁)等がある。