日産自動車村工場

日産自動車村工場

最高裁判所第1小法廷判決 平成元年12月7日

労働判例554号6頁

(1) 本件は、昭和二八年から三九年の間に雇用され、以来約一七~二八年間にわたって「機械工」としての職務に従事してきた労働者(七名)に対する、製造部における組立作業等への配転命令の効力が争われたものである。
2 一審判決は、就業規則の規定(「会社は業務上の必要があるときは従業員に対し職種変更又は勤務地変更を命じることができる」、「従業員は正当な事由がなければ右命令を拒むことはできない」)から、会社は個別的同意を得ることなく職種変更を命ずることができるとしたものの、本件配置命令にあたり、前記経歴や技能、配転先への適応等をいっさい考慮しなかったこと、その配転先は右技能、経験を生かし得ず、単純で、身体に厳しく、労働条件が劣悪な職場であること等からして、本件配転命令は人選の合理性を欠くもので、権利濫用にあたるとして、本件配転命令の効力を否定し、配転先の職場で就労すべき義務がないことを確認する旨の判決をなした。
(3) これに対し、二審は、本件上告人
(二審被控訴人)らが「機械工」として採用され、以来一七年間から二八年間にわたって「機械工」としての職務に従事してきたからといって、「右事実のみから直ちに、・・・・・・機械工以外の職種には一切就かせないという趣旨の職種限定の合意が明示又は黙示に成立したものとまでは認めることができない。」としたうえで、むしろ、前記就業規則の規定や、これまでにも機械工を含めて職種間の異動が行われた例があること、「我が国の経済の伸展及び産業構造の変化等に伴い、多くの分野で職種変更を含めた配転を必要とする機会が増加し、配転の対象及び範囲等も拡張するのが時代の一般的趨勢であること」等からして、「被控訴人らについても、業務運営上必要がある場合には、その必要に応じ、個別的同意なしに職種の変更等を命令する権限が控訴人(本件被上告人-編注)に留保されていた」とみるべきであり、かつ、本件配転が何らかの不当な動機又は目的をもって行われたものとはいえず、また、本件「異動の結果被控訴人らにおいて控訴人の従業員として通常受忍すべき程度を著しく超える不利益を負わされていると認めるに足りる証拠はない。」から、本件配転命令が権利濫用にあたるとはいえないとして、一審判決を破棄して、本件配転命令の効力を肯定した。そして、本判決も、二審判決の右判断を維持した。
(4) しかし、まず、「機械工の募集」に応募して、「機械工として採用」され、以後ずっと継続して「機械工として勤務」してきたにもかかわらず、労働契約上「職種の特定」がなされていないと解するとなると、およそ、労働契約上「職種の特定」があったと判断される事例は皆無になってしまうであろう。そして、それは、実質的には、配転問題につき労働契約論の側面からアプローチすることを放棄してしまうことを意味すると解される。その意味で、本判決は改めて、「配転」問題を法的にどのように構成すべきか、労働契約上の「合意」はいかにして形成されるとみるか、という問題を提起しているものと思われる。
(5) ところで、使用者が労働者をいかなる範囲において指揮命令して働かすことができるのかは、本来、労働契約によって定まるところであり、それは契約締結当時の状況やその後の過程によって判断されるものとされてきた。そして、一定の技能者やいわゆる「熟練工」といわれるものについては、判例もそのような対応をしてきたと解される。ところが、二審判決は、本件上告人らを「機械工以外の職種には一切就かせないという趣旨の職種限定の合意」は問題にしたが、それはなかったとし、本判決も、右判断を維持した。
たしかに、労働契約上職種が「特定」されていたということになると、労働者の同意なくしては職種の変更はなし得ないということになるから、その意味では、右「職種特定の合意」は、「機械工以外の職種には一切就かせないという趣旨の職種限定の合意」たる「性格」をもつことは否定できない。
しかし、一定の事実へのアプローチの仕方として、労働契約の契約締結時の状況やその後の過程によって職種の「特定」がなされ、結果として、右このごとき趣旨になるというのと、「機械工以外の職種には一切就かせないという趣旨の職種限定の合意が明示又は黙示に成立」しているか否かという視点からアプローチするのとでは、大きな違いがあるように思われる。後者の場合、とくに職種を「限定」し、他職種には配転しないという「特段の合意」というプラス・フアクターがない限り、配転命令権の一般的肯定に傾く可能性がきわめて高くなると解されるからである。
その意味で、判例上のいわゆる「包括的合意説」があまりにも一般化してしまった結果、労働契約論的アプローチではなく、使用者の配転命令権が当然の前提となり、職種限定の「特段の合意」等のプラス・フアクターがない限り、異職種間の配転を含めて、配転命令は原則的に肯定し、あとは権利濫用論の次元で処理すればよいとの発想に行きつくのではないかとの危惧を感じるところである。
(6) 一審判決の権利濫用判断の基礎にあったのは、二十数年にわたる「機械工」としての「技能、経験」への配慮であったといえる。これに対し、二番判決は 東亜ペイント事件(最二小判昭61・7・14労判四七七)で示された、最高裁の権利濫用についての判断枠組みを用いつつ、本件上告人らの被る不利益を「通常受忍すべき程度」のものとしたものであるが、右判断においては、右「技能、経験」への配慮はほとんど存在していないといってよい。
しかし、使用者に配転命令権があるにしても、二十数年の「技能、経験」をまったく無意味にしてしまうような配転は、労働者にとってみれば、著しい不利益であることは否めまい。そして、これを「通常受忍すべき程度」のものとすれとすれば、ここでも、権利濫用と判断される場合は、ほとんど例外に属してしまうことになろう。その意味で、本判決は、改めて、配転命令の権利濫用判断において考慮すべき事項、労働者の利益との調整といったことについてどう考えるべきかの問題を提起しているように思われる。

 

直源会相模原南病院事件

直源会相模原南病院事件

最高裁判所第2小法廷 平成11年6月11日 判決

労働判例773号20頁

(1) 本件は、上告人病院のケースワー力ー、事務職員で、組合の正副委員長を含む六名の組合員が、ナースヘルパーへの配置転換、業務命令に従わなかったこと、解雇反対の組合ビラに病院の電話番号を記載するなど違法な組合活動をしたことを理由として解雇されたため、これを無効と主張して地位確認等を請求した事件の上告審の決定である。
(2) 一審は、右解雇をいずれも正当理由がないとして無効とし、地位の確認および賃金支払いを命じたが、一時金については、賞与規定に全額人事考課査定によると定められているからとしてその請求権を否定し、請求を棄却した。原告、被告ともそれぞれの敗訴部分の取消しを求めて控訴した。
(3) 二審も本件解雇を無効とし、地位確認と賃金支払いを認める点において一審を支持したが、一時金の扱いについては、一審同様、請求権を否定しつつも、病院が正当な理由なく組合員らに一時金の支給額の決定をしなかったことにより期待権を侵害したものとして同額の損害賠償の支払いを命じ、その他の各請求を棄却した。
(1)本件における紛争の主因は、ケースワーカーおよび事務職員に対するナースヘルパーへの配置転換である。「異種」配転かどうかにつき、ニ審判決は「就業規則・・・・・・の『業務上の必要により職種の変更を命ずることがある』旨および『職員は、正当な理由なくして、異動を拒むことはできない』旨の規定は、一般職員については、同じ業務の系統内・・・・・・での異なる職種問の異動・・・・・・についての規定であり、業務の系統を異にする職種への異動、特に事務職系の職種から労務職系の職種への異動については、業務上の特段の必要性及び当該従業員を異動させるべき特段の合理性があり、かつこれらの点についての十分な説明がなされた場合か、あるいは本人が特に同意した場合を除き、一審被告が一方的に異動を命ずることはできないものと解するのが相当」と判示している。
(2) 一審原告らの組合活動の適法性について二審判決は、一審判決に加えて「本件ビラでの抗議行動の呼びかけは、正当な組合活動として許される範囲のものであり、・・・・・・組合活動に藉口して・・・・・・業務を妨害しようとの意図をもって抗議行動を呼びかけたと認めるに足る証拠もない。・・・・・・ビラに連絡先として病院の電話番号を記載したからといって、それだけでは勤務時間中に組合活動をしたことにはならないから、職務専念義務にも違反」しない旨判示している。
(3) 一時金の請求権について二審判決は、「一時金の支給請求権は、一審被告が人事考課査定をし、個々人の支給額を決定して初めて発生する」として一審判決を支持したが、二審における一審原告側の予備的請求を容れ、一時金支給に関する病院・組合間の協定は、労働協約としての効力を有するものであり(労組法一六条)、一審原告らは、一審被告によって解雇され、就労できなかったのであるから、一審被告により、正当な理由なく協定に基づく一時金支給を受けるべき期待権を侵害されたものというべきであるとして、右支給額に相当する損害賠償を命じている。
(4) 病院側の上告に対し、最高裁は、上告理由が民訴法三一二条一・二項所定の場合に当たらないとして棄却の決定をした。本件上告棄却により、二審の、配転拒否、組合ビラに使用者の電話番号を記載すること、解雇期間中の一時金不支給に対する損害賠償請求権に関する判旨が、最高裁によって支持されたことになる。

 

新日本製鐵(日鐵運輸第2)事件

新日本製鐵(日鐵運輸第2)事件
最高裁判所第2小法廷判決 平成15年4月18日

労働判例847号14頁
(1)事件の概要 上告人(一審原告)X1,X2は,昭和36年被上告人会社(同被告)Yに入社,平成元年3月以降,製鉄所内の構内鉄道輸送業務に従事していた。Yは,昭和60年初めの鉄鋼業界の構造的不況に際し19,000人の人員削減を内容とする「中期総合計画」の下で,非生産的とされた構内輸送部門の合理化と人員の雇用調整のため組合との団体交渉を経て,昭和62年,子会社への業務委託化一出向を内容とする再構築計画を策定,対象者の選定を行い,各対象者に承諾を求めるという方法で出向者を決定した。大部分の組合員は同意したが,X1,X2は同意しなかった。Yは,組合の了解を得たうえで,平成元年4月15日付でX1らに協力会社日鐵運輸への期間3年の出向命令を発した。X1,X2は,出向先会社に赴任のうえ,本件出向命令無効確認の訴えを起こした。
X1らの出向は,平成4年,7年,10年と3回にわたり延長された。なお,両名とも現在では,定年退職している。
一審判決は,(1)出向は原則的に労働者の同意を要するが,在籍出向の場合の出向命令の根拠は,これに応じる義務が労働契約の内容となっているかどうかによる,(2)本件においては就業規則,労働協約の規定を前提にその必要性があり,合理的な方法で行われる限りは,個々の従業員の同意がなくても,出向を命じることが慣行として確立し,そのことが労働契約の内容に含まれていたと認められる,(3)本件出向には必要性,合理性が認められ権利濫用に当たらない,と認めてX1らの請求を棄却した。
二審(原審)判決は,(1)使用者が労働者に出向を命ずるに当たっては,当該労働者の同意その他出向命令を法律上正当とする明確な根拠を要する,(2)Yの就業規則には,業務上の必要により社員に社外勤務をさせることがある旨の規定があり,労働協約にも同旨の規定があって,これに基づき社外勤務協定が締結された。したがって,X1らは,労組法16条の規定により,個別的な同意の有無にかかわらず,出向命令が合理的なものである限りこれに従う義務がある,(3)本件出向命令には必要性,および合理性が認められる,(4)本件出向命令の延長は,社外勤務協定4条1項の「業務上の必要」に基づいてなされたものであり,出向の内容も合理性を有する,(5)本件出向命令およびその期間延長措置は権利濫用と評することはできず,また,労働者派遣法の脱法行為とみることもできない,として本件出向命令を有効と認めた。判決は,主要争点についてはほぼ一審判断を支持したが,X1らの第2次請求(出向命令の無効確認)については,これを「不適法」として,請求を「棄却」した一審判決を取り消し「却下」とし,控訴審で追加された第3~5次請求(出向職務命令の無効確認)を却下,X1らが労務提供をする義務のないことの確認を求める主位的請求を理由がないとして棄却した。X1ら上告。
(2)判断のポイント
1)上告人は,一,二審の請求棄却の判断をうけて,就業規則や労働協約に出向の根拠規定があるとしても,本件のような長期にわたる出向は,「在籍出向」とはいえず,実質上,転籍であり,出向者と出向元との労働契約関係はもはや形骸化している,また出向者らの出向による不利益からして権利濫用に当たると主張した。
本判決は,結論として二審の判断を支持し,上告を棄却しているが,実定法上の規定が乏しく,判例,学説上も論議の多い出向の法的性格に鑑み,上記の争点に答えるかたちで最高裁としての初の判断を示した。
在籍出向は,従業員としての地位をそのままにして第三者である使用者の下に労働者に労務の提供をさせるものであるから,判例,学説では,原則的に民法625条により当該労働者の同意の下にのみ認めるべきだとする巌しい考え方が支配的であったが,就業規則や労働協約に出向に関する規定が整備されるに従い,経済環境の激変もあって,あらかじめ出向の義務に関する規定があるか,あるいは,組合との協定があれば,個人の同意なくして出向を命じ得るとする考え方が有力となっていった。組合は出向措置に賛成したが,出向に反対の原告らが出向命令の適法性を争った本件新日鐵出向関連事件(3件)について,一審の福岡地裁小倉支部が平成8年に言い渡した一連の出向命令適法一請求の全面的棄却の判決は,このような判例動向の変化を示唆する典型的事例であったといえる。控訴審でも,判旨にニュアンスの差異はあるが,結論は同一であった。本件の上告審において最高裁もこの結論を踏襲,自ら判断を示した。
2)本判決の判旨は,(1)二審の認定事実(特に就業規則,労働協約一社外勤務条項の規定の存在)の下では,会社は従業員の個別的同意なしに出向を命じ得る,(2)本件出向が会社の運送業務部門の子会社への業務委託である以上,長期化は予想されたところであり,上告理由の主張する「転籍」には当たらず,「労働契約が形骸化していた」ともいえない,(3)出向の長期化や延長についても,経営上の必要性と合理性が認められ,X1らが著しい不利益を受けたとはいえないから,権利濫用があったとは認められないとして,二審の判断を正当とし,上告を棄却した。
3)(3)の権利濫用の有無の判断の部分は,二審に比べるとかなり詳しく,具体的である。すなわち,出向者の生活条件,労働条件に著しい不利益が生じないための担保条件として,出向者の人選,就労すべき業務内容,場所,従業員としての地位の確保,賃金,退職金,出向手当,昇給・昇格等の査定等の処遇が社外勤務規定等に明確にされていることを,濫用に当たらないことの判断理由としてあげている。判旨のあげるこのような基準は,会社にとっての出向の経営上の必要性や合理性のそれと同様に,1つの事例判断ではあるが,最高裁判決において例示されたことの実質的影響は少なくないであろう。
(3)参考判例 Y社における昭和62年の一連の出向措置については,X1,X2と同部門に所属していて,同じく出向に反対した他の2名の従業員が,別件として同旨の上記訴訟を提起したが,一審(福岡地小倉支判平8.3.26労判703号80頁),二審(福岡高判平12.11.28労判806.58頁)において,また,同部門で「三島光産」への出向に反対して同旨の訴訟を提起した従業員も,一審(福岡地小倉支判平8.3.26労判707号96頁(要旨)),二審(福岡高判平12.2.16労判784号73頁)において,ほぼ同旨の判旨により請求を棄却された(いずれも上告中)。
また,同じ時期に提起された川崎鉄鋼(出向)事件においても,ほぼ本件一・二審と同旨の棄却判決が出されている(神戸地判平12.1.28労判778号16頁,大阪高判平12.7.27労判792号70頁)。

判例タイムズ1127号93頁
一 本件は、大手鉄鋼メーカーであるY社(新日鐵)が、合理化のための構内輸送業務委託化に伴って行った、Y社に籍を置いたまま業務委託先の協力会社(日鐵運輸)に労働者を出向させるいわゆる在籍出向について、出向対象者であるXらが、出向命令等の有効性を争っている事案である。
鉄鋼業は、昭和五〇年代からの構造的不況に加え、昭和六〇年代の急激な円高により経営が悪化し、Y社を含むいわゆる高炉大手五社は要員削減を中心とした合理化計画としての中期的な経営計画を相次いで発表した。本件の構内輸送業務のうちの鉄道輸送部門の業務委託もこのような合理化の一環として行われ、委託された業務に従事していた従業員の多くにつき委託先会社への在籍出向措置がとられた。労働組合もこうした人員措置をやむを得ないものとして受け入れ、大多数の従業員は出向に同意したが、Xらは、最後まで同意せず、出向先に赴任しつつ、出向先への労務提供義務のないことの確認を求めるなどして、本件訴訟を提起した。
二 本件の原審は、本件の事案の下においては、使用者に出向命令権があり、出向命令権の行使が権利濫用にも当たらないとして、Xらの請求を棄却すべきものとした。本判決も、Y社は、就業規則、労働協約の規定からすれば、Xらの個別的同意なしに在籍出向を命ずることができ、本件出向命令の必要性、人選の合理性、労働者の不利益の程度等の事情からすれば、本件出向命令が権利の濫用に当たるとはいえず、出向延長措置も権利の濫用に当たるとはいえないなどとして、Xらの上告を棄却したものである。
なお、本件の出向は、業務委託に伴うものであるため、在籍出向であるといっても、Y社への復帰の可能性の少ない、長期化が予想される点に特徴があるため、Xらは実質的にはいわゆる転籍(移籍出向)であり、個別的同意が不可欠であると主張していたが、本判決は、在籍出向と転籍の本質的相違は、出向元との労働契約関係が存続しているか否かという点にあるのであるから、出向元との労働契約関係の存続自体が形がい化しているとはいえない本件の場合に、出向期間の長期化をもって直ちに転籍と同視することはできないと判示している。
三 出向は、今日、多くの大企業において日常的に行われているところであるが、それが在籍出向であっても、使用者の労務指揮権の全部又は一部が出向元から出向先に移転するものであり、労働契約の一身専属的性格からすれば、使用者がその経営権に基づく労務指揮権の行使として一方的になすことはできず、出向命令権の根拠としては、原則として労働者の同意ないし承諾を要するものと解するのが通説であり、裁判例の大勢であるといえよう。
問題となるのは、いかなる場合にそのような同意ないし承諾があるといえるか又は同意ないし承諾がある場合と同視できるかという点である。最も厳格に解する見解によれば、出向ごとに労働者の個別的な同意ないし承諾を得ることを要する(個別的同意説)と解することになる。これを緩やかに解する見解によれば、就業規則や労働協約等による包括的な同意ないし承諾で足りる(包括的規定説)と解することになろう。もっとも、そうした包括的規定又は同意については、配転命令とは異なり、労務指揮権の移動をもたらす出向命令の根拠となるには、出向命令ないし出向義務を明示的に定めた明確なものであることを要すると解するものが多い。さらに、その中間的な見観としては、就業規則や労働協約等においては、出向先、出向中の労働条件、出向期間等について具体的に規定されていることを要する(具体的規定説)と解するものや、出向命令に関する包括的規定のみならず、出向内容等も考慮した要件を満たすことを要する(総合判断説)と解するものなどがある。個別的同意説以外の見解では、具体的な出向命令権の行使について、その必要性や合理性、労働者の不利益等を総合考慮して、それが権利の濫用に当たる場合には、これを無効とすることは配転命令の場合とほぼ同様である。学説上は、なお厳格な個別的同意説が有力である(高木紘一・現代労働法講座(10)「配転・出向」一三二頁等)が、具体的規定説とみられるもの(下井隆史・雇用関係法一一六頁等)や総合判断説とみられるもの(菅野和夫・労働法〔第五版〕四一六頁等)もある。裁判例の多くは出向の日常化に伴い、これを緩やかに解する傾向にある。そして、出向命令権の根拠に関してこれを明確に判断した最高裁判例はなかった。
本判決は、どのような要件があれば、使用者の出向命令権が肯定できるかについて、一般論を明示するものではないが、少なくとも、判示の事情の下では、個別的同意なしに在籍出向を命ずることができるとしており、個別的同意説を採らないことを最高裁として初めて明らかにしたものである。一つの事例判断であるが、実務の参考となるであろう。

エフピコ事件

エフピコ事件

東京高等裁判所 平成12年5月24日 判決

労働判例785号22頁

(1) 本件は、食品容器製造販売会社の従業員で茨城県の関東工場に勤務していた被控訴人ら六名が、会社から広島県福山市の本社工場への不当な転勤命令により退職を強要されたなどと主張して、債務不履行ないし不法行為に基づき、勤務を継続し得た向こう一年間の得べかりし賃金、慰謝料および会社都合退職金との差額の損害賠償を請求した事件である。
(2) 一審は、会社が、現地工場採用の労働者らに対し、転勤義務が存在しないにもかかわらず転勤に応ずる義務があるように誤信せしめ、義務なき退職届を提出する立場に追い込み、また、退職届提出を拒否した労働者らに、会社が雇用を継続する意思がないことをさまざまに示してその人格や名誉を傷つけ、会社に際し採用される可能性がないと思い込ませて退職に追い込んだと認定し、会社側に債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償責任があると判断した。そして会社に対し、慰謝料、差額退職金および六か月分の賃金の支払いを命じたため、会社側がその取消しを求めるとともに、労働者側も一年分の賃金の支払い等を求めてそれぞれ控訴したものである。
(3) これに対して本判決は、被控訴人らの本社工場への転勤は、会社の経営合理化方策の一環として行われることになった関東工場生産部門の分社化に伴う余剰人員の雇用維持と本社工場の新規生産部門への要員確保を目的として、会社全体で行われた人事異動であり、当該会社の置かれた経営環境に照らして合理的なものであったと判断した。そして、被控訴人らを転勤要員として選定した過程に不当な点はないし、そもそも被控訴人らは勤務先を関東工場に限定して採用されたのではなく、業務上の必要に応じて転勤を命ずることがあるとの就業規則の条項を承知したうえで勤務してきたと述べた。
さらに、被控訴人らが転勤に応じられない理由として述べた事情も正当理由とはいえないとして、会社が被控訴人らを本社工場に転勤させようとしたことに人事権の行使として違法、不当はないと判断した。会社が被控訴人らに報復的行為やいやがらせをしたかという点についても、そうした事実は認められないとした。
結局、本判決は、「被控訴人らは、控訴人が業務上の必要に基づいて行った本社工場への転勤要請を拒否して、各人の意思に基づいて被控訴人を退職するに至ったもの」で、被控訴人らの本訴請求には理由がないとして、原判決中会社敗訴の部分を取り消した。
(4) 本判決と原判決とは、当該労働者らが現地採用の労働者であったか、それとも勤務地の限定のない労働者であったかという点で、全く反対の認定をしている。本判決の認定を基礎とすれば、原判決の、現地工場採用の労働者らに対し、転勤義務が存在しないにもかかわらず転勤に応ずる義務があるように誤信せしめ、義務なき退職届を提出する立場に追い込んだという判断は根本から覆り、あとは会社側の転勤要請が権利濫用か否かの判断となる。
その判断については、東亜ぺイント最高裁判決(最二小判昭61・714労判四七七号六頁)以来、業務上の必要性、労働者の被る不利益を比較衡量する手法がとられており、本判決もそれに沿って前記判断が示されている。ただ、本判決は、会社が被控訴人らに転勤要員の対象となった理由を明らかにしなかった点につき、「人選は会社がその責任と権限に基づいて決定すべきもので、その理由は人事の秘密に属し、これを対象者に明らかにしなかったからといって、それを違法ないし不当とすることはできない」とし、また、転勤期間を未定としていた点についても、新規事業の将来の展開について容易に予測できない段階にあったと認められるから、やむを得なかったものと判断している。その地、説明、説得等手続上も努力をしたものと認定している。
なお、最近の現地採用社員の転勤事例として、熊本工場の採用社員に対する経営悪化を理由とする君津工場への転勤命令につき、転勤の必要性を肯定しつつ人選の合理性や転勤命令の手続き等に疑問があるとして無効とした田重工事件(熊本地決平11.12.28労判七八一号五五頁)がある。

 

 

東京サレジオ学園事件

東京サレジオ学園事件

東京高等裁判所判決 平成15年9月24日

労働判例864号34頁

(1) 事件の概要 本件は,一審被告・控訴人Y(社会福祉法人)が設置する児童福祉施設で,児童指導員として18年間勤務してきた一審原告・被控訴人Xに対する,厨房調理員への配転命令の効力が争われた例である。
Yは終戦時に訴外修道会が行った戦災孤児の養育事業を前身として,現在は,同修道会が設置する小・中学校と同一の敷地内に7つの寮を建設し,諸般の事情で家庭に安住できない幼児から高校生までの児童12ないし20名を養護している。なおYには非常勤を含む職員36名のほか,調理員7名,事務職員と嘱託医2名,栄養士,法人事務担当,スーパーバイザー各1名が在籍している。
Xは社会福祉系専門学校で社会福祉主事任用資格を取得し,昭和56年にYの児童指導員募集に応募し,採用面接を経て雇用契約を締結した(募集の際,児童指導員の資格は採用条件になっておらず,Xは採用2年後に資格を取得)。以後Xは,後に採用された夫とともに寮における児童指導を一貫して担当してきた。平成11年当時は,寮長に次ぐ指導的な立場にあったが,2月に厨房での調理業務従事を命じられた。Xが抗議したところ,翌月に撤回され施設長付を命じられたが,これも再度撤回され,4月1日から調理担当を命じられた(「本件配転命令」)。
Xは,採用の経緯,児童指導員の専門性,内部規定等をあげて児童指導員への職種限定合意が成立しており,また仮に職種限定合意がないとしても,業務上の必要性が存しないと主張して,本件配転命令の無効確認を請求した。Yは,職種限定合意の存在を否定するとともに,Xは児童指導員としての適格性を欠いており,本来は解雇相当であるところ,雇用維持に配慮して本件配転を行ったのであり,権利の濫用に当たらないと主張した。なお,仮処分決定(東京地決平11.7.27労判未掲載〉は,本件配転命令を無効としている。
一審判決は,使用者は「労働力についての包括的な処分権に基づき,労働者に対して,原則として,職種および勤務場所を特定して配転を命ずることができるが,例外として,労使間において,特に職種又は勤務場所を限定する明示又は黙示の合意が成立」している場合は許されないとする配転命令の一般論を説示した。Xについては,そのような明示の合意は存在せず,求人票の記載内容がそのまま契約内容になってはいないこと,指導員としての長年の勤務やその専門性からみても,他職種への従事を排除する合意は存在しないこと,就業規則上も職種が厳密に区別されているわけではないこと,過去にも児童指導員と調理員間の配転があったことをあげ,職種限定合意の存在を否定した。しかし,Yの主張する児童への体罰や威圧的態度,上司や同僚に対する威圧的態度およびヒステリックな対応,研修の欠席や講師への反抗的態度,勤務割への非協力的態度については,これを認めるに足りる客観的証拠がなく,Yの「受容と傾聴」という指導方針に反したとの点についても,指定場所以外での喫煙以外はその存在が認められないか,職員会議等で決定された具体的方針に反するとまではいえないとして,適性欠如を認める具体的事実が存在しない以上,本件配転命令に業務上の必要性はないとした。さらに,指導員としての信念に基づいて上司への直言も辞さないXへの対応に苦慮して短絡的に児童養護の現場から排除しようとしたもので権利濫用に当たるとした(一審判決の当事者の主張は省略)。
(2) 二審判決のポイント 二審判決は,職種限定合意については一審とほぼ同様の判断でその存在を否定している。ただし,権利濫用について一審判決と大きく異なる判断をしている。
二審は,一審が否定したXによる児童への体罰や威圧的態度,上司や同僚への威圧的態度等について,証言等からこの存在を認め,これらについて「そのーつーつをとってみれば,特定性や具体性においてやや明確性を欠くものや単なるエピソード的なものもないわけではないが」,Yの指導方針である「受容と傾聴」に反する行動であることは否定しがたく,本件配転命令は,この指導方針に則り学園を円滑に運営していくうえで必要性があったと認めた。また不当な動機や目的も存在せず,職務変更に伴う精神的打撃等の大きいことは推認できるが通常甘受すべき不利益であるとして,権利濫用に当たらないとした。
(3) 本判決の意義と参考判例 異職種配転に関する最高裁先例である日産自動車村山工場事件(最一小判平元.12.7労判554号6頁)をはじめ,アナウンサーの制作部への配転に関する九州朝日放送事件(最一小判平10.9.10労判757号20頁)等,判例は,別段の合意のない限り配転の自由を広く認めており,本判決は異職種配転の一般論においては従来の判断と軌を一にするものである。この別段の合意の存在も容易には認められていないが,アナウンサーの配転に関する中部日本放送事件(名古屋地判昭49.2,27労経速841号14頁),日本テレビ放送網事件(東京地決昭51.7.23労判257号23頁),アール・エフ・ラジオ日本事件(東京高判昭58.5.25労判411号36頁),事務職員からナースアシスタントへの配転に関する直源会相模原南病院(解雇)事件(最二小決平11.6.11労判773号20頁),秘書兼通訳の警備業務への配転に関するヤマトセキュリティ事件(大阪地決平9.6.10労判720弓55頁)のように,当該職種の専門性から職種限定が認められる場合もある。本件の児童指導員は,「医師や看護師のような特殊な技能,知識を要するものであったり,国家試験に基づく特別の公的資格を要するものではな」い等の理由から高度の専門性を有する職種と認められないとされたが,議諭の余地があるように思われる。
一方,労働者本人の適性欠如等の理由で行われる配転の場合,タクシー乗務員の整備職への配転につき平和自動車交通(ハイヤー乗務員)事件(東京地判平11.8.24労判776号46頁),編集から福利厚生部への配転につき日経ビーピー事件(東京地判平14.4.22労判830号52頁)のように,配転の必要性は認められている。本件の場合,正反対の当事者主張がされており,事実認定の難しい事案であったとは考えられるが,一審がXの適性欠如事実の存在に非常に慎重な認定をしているのに対し,二審は,ほぼYの主張どおりの事実を認めるとともに,個々の行為を総体的にみて問題性を認めている点が対照的であろう。
なお,本判決は職種変更に伴う精神的不利益を通常甘受すべきものとしたが,看護師の資材部門ヘの配転につき能力発揮の機会を奪う重大な不利益を与えるとする北海道厚生農協連合会(帯広厚生病院)事件(釧路地帯広支判平9.3.24労判731号75頁)もある。