エフピコ事件

エフピコ事件

東京高等裁判所 平成12年5月24日 判決

労働判例785号22頁

(1) 本件は、食品容器製造販売会社の従業員で茨城県の関東工場に勤務していた被控訴人ら六名が、会社から広島県福山市の本社工場への不当な転勤命令により退職を強要されたなどと主張して、債務不履行ないし不法行為に基づき、勤務を継続し得た向こう一年間の得べかりし賃金、慰謝料および会社都合退職金との差額の損害賠償を請求した事件である。
(2) 一審は、会社が、現地工場採用の労働者らに対し、転勤義務が存在しないにもかかわらず転勤に応ずる義務があるように誤信せしめ、義務なき退職届を提出する立場に追い込み、また、退職届提出を拒否した労働者らに、会社が雇用を継続する意思がないことをさまざまに示してその人格や名誉を傷つけ、会社に際し採用される可能性がないと思い込ませて退職に追い込んだと認定し、会社側に債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償責任があると判断した。そして会社に対し、慰謝料、差額退職金および六か月分の賃金の支払いを命じたため、会社側がその取消しを求めるとともに、労働者側も一年分の賃金の支払い等を求めてそれぞれ控訴したものである。
(3) これに対して本判決は、被控訴人らの本社工場への転勤は、会社の経営合理化方策の一環として行われることになった関東工場生産部門の分社化に伴う余剰人員の雇用維持と本社工場の新規生産部門への要員確保を目的として、会社全体で行われた人事異動であり、当該会社の置かれた経営環境に照らして合理的なものであったと判断した。そして、被控訴人らを転勤要員として選定した過程に不当な点はないし、そもそも被控訴人らは勤務先を関東工場に限定して採用されたのではなく、業務上の必要に応じて転勤を命ずることがあるとの就業規則の条項を承知したうえで勤務してきたと述べた。
さらに、被控訴人らが転勤に応じられない理由として述べた事情も正当理由とはいえないとして、会社が被控訴人らを本社工場に転勤させようとしたことに人事権の行使として違法、不当はないと判断した。会社が被控訴人らに報復的行為やいやがらせをしたかという点についても、そうした事実は認められないとした。
結局、本判決は、「被控訴人らは、控訴人が業務上の必要に基づいて行った本社工場への転勤要請を拒否して、各人の意思に基づいて被控訴人を退職するに至ったもの」で、被控訴人らの本訴請求には理由がないとして、原判決中会社敗訴の部分を取り消した。
(4) 本判決と原判決とは、当該労働者らが現地採用の労働者であったか、それとも勤務地の限定のない労働者であったかという点で、全く反対の認定をしている。本判決の認定を基礎とすれば、原判決の、現地工場採用の労働者らに対し、転勤義務が存在しないにもかかわらず転勤に応ずる義務があるように誤信せしめ、義務なき退職届を提出する立場に追い込んだという判断は根本から覆り、あとは会社側の転勤要請が権利濫用か否かの判断となる。
その判断については、東亜ぺイント最高裁判決(最二小判昭61・714労判四七七号六頁)以来、業務上の必要性、労働者の被る不利益を比較衡量する手法がとられており、本判決もそれに沿って前記判断が示されている。ただ、本判決は、会社が被控訴人らに転勤要員の対象となった理由を明らかにしなかった点につき、「人選は会社がその責任と権限に基づいて決定すべきもので、その理由は人事の秘密に属し、これを対象者に明らかにしなかったからといって、それを違法ないし不当とすることはできない」とし、また、転勤期間を未定としていた点についても、新規事業の将来の展開について容易に予測できない段階にあったと認められるから、やむを得なかったものと判断している。その地、説明、説得等手続上も努力をしたものと認定している。
なお、最近の現地採用社員の転勤事例として、熊本工場の採用社員に対する経営悪化を理由とする君津工場への転勤命令につき、転勤の必要性を肯定しつつ人選の合理性や転勤命令の手続き等に疑問があるとして無効とした田重工事件(熊本地決平11.12.28労判七八一号五五頁)がある。

 

 

東京サレジオ学園事件

東京サレジオ学園事件

東京高等裁判所判決 平成15年9月24日

労働判例864号34頁

(1) 事件の概要 本件は,一審被告・控訴人Y(社会福祉法人)が設置する児童福祉施設で,児童指導員として18年間勤務してきた一審原告・被控訴人Xに対する,厨房調理員への配転命令の効力が争われた例である。
Yは終戦時に訴外修道会が行った戦災孤児の養育事業を前身として,現在は,同修道会が設置する小・中学校と同一の敷地内に7つの寮を建設し,諸般の事情で家庭に安住できない幼児から高校生までの児童12ないし20名を養護している。なおYには非常勤を含む職員36名のほか,調理員7名,事務職員と嘱託医2名,栄養士,法人事務担当,スーパーバイザー各1名が在籍している。
Xは社会福祉系専門学校で社会福祉主事任用資格を取得し,昭和56年にYの児童指導員募集に応募し,採用面接を経て雇用契約を締結した(募集の際,児童指導員の資格は採用条件になっておらず,Xは採用2年後に資格を取得)。以後Xは,後に採用された夫とともに寮における児童指導を一貫して担当してきた。平成11年当時は,寮長に次ぐ指導的な立場にあったが,2月に厨房での調理業務従事を命じられた。Xが抗議したところ,翌月に撤回され施設長付を命じられたが,これも再度撤回され,4月1日から調理担当を命じられた(「本件配転命令」)。
Xは,採用の経緯,児童指導員の専門性,内部規定等をあげて児童指導員への職種限定合意が成立しており,また仮に職種限定合意がないとしても,業務上の必要性が存しないと主張して,本件配転命令の無効確認を請求した。Yは,職種限定合意の存在を否定するとともに,Xは児童指導員としての適格性を欠いており,本来は解雇相当であるところ,雇用維持に配慮して本件配転を行ったのであり,権利の濫用に当たらないと主張した。なお,仮処分決定(東京地決平11.7.27労判未掲載〉は,本件配転命令を無効としている。
一審判決は,使用者は「労働力についての包括的な処分権に基づき,労働者に対して,原則として,職種および勤務場所を特定して配転を命ずることができるが,例外として,労使間において,特に職種又は勤務場所を限定する明示又は黙示の合意が成立」している場合は許されないとする配転命令の一般論を説示した。Xについては,そのような明示の合意は存在せず,求人票の記載内容がそのまま契約内容になってはいないこと,指導員としての長年の勤務やその専門性からみても,他職種への従事を排除する合意は存在しないこと,就業規則上も職種が厳密に区別されているわけではないこと,過去にも児童指導員と調理員間の配転があったことをあげ,職種限定合意の存在を否定した。しかし,Yの主張する児童への体罰や威圧的態度,上司や同僚に対する威圧的態度およびヒステリックな対応,研修の欠席や講師への反抗的態度,勤務割への非協力的態度については,これを認めるに足りる客観的証拠がなく,Yの「受容と傾聴」という指導方針に反したとの点についても,指定場所以外での喫煙以外はその存在が認められないか,職員会議等で決定された具体的方針に反するとまではいえないとして,適性欠如を認める具体的事実が存在しない以上,本件配転命令に業務上の必要性はないとした。さらに,指導員としての信念に基づいて上司への直言も辞さないXへの対応に苦慮して短絡的に児童養護の現場から排除しようとしたもので権利濫用に当たるとした(一審判決の当事者の主張は省略)。
(2) 二審判決のポイント 二審判決は,職種限定合意については一審とほぼ同様の判断でその存在を否定している。ただし,権利濫用について一審判決と大きく異なる判断をしている。
二審は,一審が否定したXによる児童への体罰や威圧的態度,上司や同僚への威圧的態度等について,証言等からこの存在を認め,これらについて「そのーつーつをとってみれば,特定性や具体性においてやや明確性を欠くものや単なるエピソード的なものもないわけではないが」,Yの指導方針である「受容と傾聴」に反する行動であることは否定しがたく,本件配転命令は,この指導方針に則り学園を円滑に運営していくうえで必要性があったと認めた。また不当な動機や目的も存在せず,職務変更に伴う精神的打撃等の大きいことは推認できるが通常甘受すべき不利益であるとして,権利濫用に当たらないとした。
(3) 本判決の意義と参考判例 異職種配転に関する最高裁先例である日産自動車村山工場事件(最一小判平元.12.7労判554号6頁)をはじめ,アナウンサーの制作部への配転に関する九州朝日放送事件(最一小判平10.9.10労判757号20頁)等,判例は,別段の合意のない限り配転の自由を広く認めており,本判決は異職種配転の一般論においては従来の判断と軌を一にするものである。この別段の合意の存在も容易には認められていないが,アナウンサーの配転に関する中部日本放送事件(名古屋地判昭49.2,27労経速841号14頁),日本テレビ放送網事件(東京地決昭51.7.23労判257号23頁),アール・エフ・ラジオ日本事件(東京高判昭58.5.25労判411号36頁),事務職員からナースアシスタントへの配転に関する直源会相模原南病院(解雇)事件(最二小決平11.6.11労判773号20頁),秘書兼通訳の警備業務への配転に関するヤマトセキュリティ事件(大阪地決平9.6.10労判720弓55頁)のように,当該職種の専門性から職種限定が認められる場合もある。本件の児童指導員は,「医師や看護師のような特殊な技能,知識を要するものであったり,国家試験に基づく特別の公的資格を要するものではな」い等の理由から高度の専門性を有する職種と認められないとされたが,議諭の余地があるように思われる。
一方,労働者本人の適性欠如等の理由で行われる配転の場合,タクシー乗務員の整備職への配転につき平和自動車交通(ハイヤー乗務員)事件(東京地判平11.8.24労判776号46頁),編集から福利厚生部への配転につき日経ビーピー事件(東京地判平14.4.22労判830号52頁)のように,配転の必要性は認められている。本件の場合,正反対の当事者主張がされており,事実認定の難しい事案であったとは考えられるが,一審がXの適性欠如事実の存在に非常に慎重な認定をしているのに対し,二審は,ほぼYの主張どおりの事実を認めるとともに,個々の行為を総体的にみて問題性を認めている点が対照的であろう。
なお,本判決は職種変更に伴う精神的不利益を通常甘受すべきものとしたが,看護師の資材部門ヘの配転につき能力発揮の機会を奪う重大な不利益を与えるとする北海道厚生農協連合会(帯広厚生病院)事件(釧路地帯広支判平9.3.24労判731号75頁)もある。